リュナの依頼 3



 馬車がレアノルトに着くと、まずリュナは「ギルドに向かいたい」と声を上げた。
「この依頼、受けてからだいぶ時間が経っちゃったので、もう終わってないか確認しないと」
「終わっているとは?」
 ギルドの知識を持たないセラが疑問の声を上げる。リュナは説明の仕方に迷ったのだろう、しばしうーんと声を上げたが、比較的すぐにまた口を開いた。
「これ、私だけが受けてる依頼じゃないです、多分。結構ばらまかれてるんだと思います。だからこんなに期限が長いんですよ。ライセンスレベルの査定に関わるので、期限はとりあえずついてるだけって感じです」
 説明してくれるのは良いのだが、その都度解らない言葉が出てきて首を捻ることになる。なにせ、セラは賞金稼ぎのことなど全く解らないのだ。だがそれはセラだけでなく、やはり王都が生活の拠点であるライゼスや姫として育ったティルにしても同じことである。それでも辛うじて大陸共通法で定められてることぐらいは知識にあるライゼスが、主に全く理解していないセラの為にリュナの解説をさらに補足した。
「賞金稼ぎのライセンスにはレベルがあって、確かそれで受けられる依頼の幅が広がるんですよ。実力のない人が危険なことに首を突っ込まないようにする措置だと思われます」
 リュナは既に歩き出していたので、それを追いながらの会話になる。ライゼスの説明に、リュナが首だけで振り返った。
「ライゼスさんの言う通りです。査定は半年に一回ギルドでしてもらえて、受けた依頼の数や難易度、期限を破っていないかとか、あとは仕事の早さとか、色々考慮して決められます。この依頼レアノルトで受けたんですけど、遠いから期限が長いんだと思ってました。そうじゃないなら、多分今までこの依頼を達成できた人がいないから……なんじゃないでしょうか。もしかしたら、危険な依頼かもしれません。その辺も確認したいです」
 幼い顔に深刻な色を浮かべて、リュナが真面目な声を上げる。
「そうだったら、お姉様方を巻きこんでは申し訳ないです」
「いや、そうならば益々着いてきて良かった。ランドエバーの領内に、そんな危険な輩がいるのを放ってはおけないからな」
 もうリュナは前に向き直っていたが、その背にセラが声をかける。
「でも……」
 おずおずとそう言いながら、リュナは今度は足を止めて、体ごと振り返った。済まなそうな、不安そうな彼女を安心させるように、セラは力強く笑って見せた。
「野盗だろうが何だろうが、私が蹴散らしてみせる。恩は必ず返す、信用してくれ」
 セラに見つめられ、リュナはみるみる顔を赤くした。熱くなる顔を両手で頬をおさえるが、それが精一杯で、そのあとは凍りついたように動けなくなる。
「きゅん……!」
 変な声を上げたリュナに、セラは怪訝な顔をした。だがいきなり衝撃を感じて、驚いて後ずさる。リュナが唐突に抱きついてきたのだった。小さく軽い体だが、予想していなかったのと、かなりの勢いがついていたので受け切れなかったのである。
「お姉様……カッコイイです……!」
「は、はあ」
 ぎゅうう、と抱きついてくるリュナに、セラが困ってライゼスとティルを振り返る。黙って成り行きを見ていた二人だったが、
「あ、ずるい! 俺も!」
 リュナの行動を見て弾かれたようにティルが声を上げ、
「どさくさに紛れないで下さい!」
 駆け出そうとしたティルの襟首をライゼスが掴む。一人セラだけが着いていけずに突っ立っているしかなかった。
 そんな馬鹿騒ぎをしていた所為で予定の時間より押してしまったのだが、陽が沈む前にはどうにか一行はレアノルトのギルドに辿り着けた。流石に大きな街だけあってギルドも広く、冒険者風のいかつい男でひしめいている。王都も賑やかだが、完全なる騎士の縄張り故にギルドはない。王都であれば騎士と民の結びつきも深く、何か困ったことがあれば騎士に言うからである。よって、セラはギルドに入るのは初めてだった。物珍しそうにきょろきょろと中を見回すセラに、ライゼスは小声で注意を呼び掛けた。
「そんなあからさまにきょろきょろしてたら目立ちますよ」
「あ、すまない。珍しくてつい」
 謝りつつも、だがどう考えても自分よりリュナの方が目立つ、とセラは思った。ギルドにいるのはほとんどが男で、しかもいかめしい者やあまり柄がよろしくないものが多い。ここまで魔法が衰退するまでは女性の冒険者も珍しくなかったのだろうが、そうでない今は力が全てだ。女で腕に覚えがある者もいるだろうが、やはり数は少なくなる。
 その中にあって、しかもリュナは幼い。さらに童顔に加え身長も低いので、さらに幼く見える。彼女を見て笑ったり変な顔をしたりする者がひっきりなしにいる。因みににティルなどギルドを覗くなり入るのを拒んだ。この様子では入らなくて正解だろう。絶世の美少女にしか見えない彼がこの中に入れば、一騒ぎ起きるのは想像に難くない。
 リュナは慣れっこなのか、好奇の目に晒されても全く気に止める様子もなく、奥のカウンターに向けて一直線に歩いて行った。
「この依頼、まだ有効ですか?」
 背伸びしてカウンターにいた初老の男に依頼の紙を見せる。顔見知りなのか、彼はリュナを見ても、笑ったりはしなかった。
「ああ、君か。珍しいな、君が依頼に時間をかけるなんて」
「すみません。あたし間違えて、ラルサの森に行っちゃったの」
「ラルサだって? また随分遠くまで行ったもんだね。ああ……この依頼か」
 男はリュナに渡された書類を顔に近付けると、鼻に乗っていた眼鏡を引き上げた。
「昔から出てる依頼だが、なかなか片付かないね。あの森は野盗のアジトが多くてキリがないんだろうね。報酬も低いし、この辺の冒険者は食いつかない依頼なんだよ。最近これを受けたのはお嬢ちゃんだけだねえ」
「そうなんですか……ありがとうございます。でも行ってきます」
 依頼の書類を返して貰うと、リュナはくるりとカウンターに背を向けた。リュナと話していたカウンターの男も、後ろにいた他の係員と話を始め、もう彼女を見ていない。リュナの後に着いてセラとライゼスもギルドを後にしかけたのだが。
「ああ、お嬢ちゃん」
 さっきの男の声がリュナの背にかかり、彼女と、そしてセラ達も振り返る。カウンターから身を乗り出すようにして、男はリュナに声をかけた。
「朝方、一人依頼を受けてラーサに向かったようだよ。えらく身なりのいい剣士で、Sランクのライセンスだったそうだ。ひょっとしたらカタがついてるかもなあ」
 リュナは少し拍子抜けした顔をしたが、書類を持った右手を上げると、男に向けてありがとう、とひらひら手を振った。