セラとライゼス 4


 ライゼスが回想を終える頃には馬車は港へと到着し、旅路は海の上へと移った。
 船は順調に進み、出港から五日を数えると、ファラステルの陸地が見えて来る。ほぼ予定通りの日数でファラステル大陸に辿りつけたことに、ライゼスはほっとしていた。
「今日の昼前には、リルドシアの港に着くようですよ。王都までは目と鼻の先ですから、今日中に謁見できそうですね」
 船内の食堂で、二人は早めの朝食を取っていた。若干時間を早めれば、混み合う食堂に難儀することもない。パンやサラダ、ベーコンといった簡単な朝食を乗せたトレイをテーブルに置きながらライゼスが話しかけると、セラは早速パンを頬張りながら、彼のほうに顔を向けた。
「残念ははぁ、もう船ほほりなきゃひけないのか」
「物を口に入れたまま喋らないで下さい。行儀が悪いし、何を言っているのかわかりません」
 呆れたように言いながら、ライゼスも着席するとパンを千切った。
「まさかとは思いますけど、リルドシアの姫との道中、そんな下品なことしないで下さいよ。我が国の騎士の品格が疑われます」
「するわけないだろう、そんなこと。けどお前と二人のときくらい気を抜いてたっていいだろ?」
「そ、それは……構わないですが。でも、普段から心がけていないと、ふとした拍子に素が出てしまうかもしれません」
 意外な切り返しをされて、ライゼスはパンを口に運ぶのをやめると常日頃思っている危惧を口にした。セラは口の中のものを飲み下すと、わざとらしく大きな溜息をついた。
「お前とは長い付き合いだし、感謝していることも多々ある」
 突然殊勝なことを口にしたセラが、言葉通り感謝を伝えたいわけではないことは、溜息と表情で知れる。身構えるライゼスに、セラは手にしたフォークを突きつけ、叫んだ。
「だが小言が多い! 多すぎる! 口を開けば小言。お前は私の親か!?」
「人にフォークを向けないで下さい、行儀の悪い」
「ほらまた始まった!」
 頭を抱えるセラを、ライゼスは渋面で見やり、咳払いをした。
「……僕は貴方の親じゃありませんが、もともと貴方の教育係を仰せつかっている身です。その上で、見過ごせないことがあれば言いますよ」
「そもそも、そこがわからん。なんで年下に教育されなきゃならないんだ」
「年下って……半年かそこらの差じゃないですか。大体それを言うなら、年下に教育されるべきことが多々あるっていうことの方がどうかと思います」
「……もういい。教育係より、剣の相手が欲しかったよ」
 口論の顛末はライゼスに軍配が上がると思われたが、セラの一言で会話はピタリと止まった。
 しまった――という表情で、セラが頬を書く。それからどちらも言葉を継がず、気まずさを振り切るように、セラはカップに残っていたミルクを一気に干した。
「先に部屋戻って下船の準備しておく」
「……お願いします」
 まだ食事の終わっていないライゼスは、素直にそう返した。それ以上に、この気まずい空気を引きずりたくないというのが大きかった。
 席を立つセラを見送りながら、食事を再開する。しかし、食欲は引いてしまった。
 ランドエバー騎士団第九部隊は『諸々の事情により、他のどの部隊にも所属できない』特殊な部隊。そこにライゼスが籍を置いている理由は、剣が一切使えないことだった。
 ライゼスの両親はいずれも先の戦で名を馳せた騎士だった。しかしライゼス自身は、その両親から「素質がないから、剣は諦めろ。決して持つな」ときつく言われていた。
 両親が優秀な騎士であれば、否応なしに周囲は期待する。しかしそれに反してライゼスは騎士として活躍する道を歩めず、それは本人にとって強いコンプレックスとなっていた。しかし、剣が使えないことはもう諦めていた。
 幸い魔法の才があったのでそちらを磨き、特例ではあるが騎士に籍を置くこともできた。心無いことを言う大人もいるが、それにも慣れた。
 しかし、セラが剣の相手をしてほしいというのには、参るのである。
 剣術は、セラの唯一の趣味でも特技でもある。日ごろ口やかましく小言を言うのみで、その要望を叶えることができないことはしばしばライゼスを苛んだ。
(……いや、今は任務中だ。落ち込んでいる場合じゃない)
 軽く頭を振ると、ライゼスはなんとか食事を胃に押し込んで席を立った。