セラとライゼス 3


 ガタゴトと、馬車は軽快な音を立てて往く。ライゼスは、窓枠に頬杖をつきながら、その音とそれに混じる気楽な鼻歌を聞いていた。鼻歌の主は、真向かいに座るセラのものである。馬車はこの依頼の為に騎士団が手配したものなので、一般の客は乗っていない。
 ライゼスの急な同行により、当初こそセラは眉間に皺を寄せっぱなしだったのだが、馬車に乗る頃には機嫌も直っていた。逆にライゼスは、セラの気楽な様子を見るうちにげんなりしてきた。とはいえ馬車がスティンに着くまでにはまだ時間はたっぷりある。余計なことを言ってまたセラの機嫌を損ねる方が疲れそうで、ライゼスは窓の外を見ながら今回の依頼の件について思いを馳せていた。

 セラとライゼスの二人は、共に王国騎士団に籍を置く身である。
 セラというのは愛称で、騎士団に置いてある籍名はセリエス・ファーストであり、所属は第九部隊になる。ちなみにライゼスも同じ第九部隊に所属し、部隊長を務めている。部隊長といえば聞こえがいいが、第九部隊は二名しかいない。その役どころは、表向きは特殊派遣部隊となっているが、実際は『諸々の事情により、他のどの部隊にも所属できない』騎士の部隊だ。それが今のところ二名しかいないというわけだ。
 そんなわけで、特殊派遣部隊とされながらも、実際に派遣されるのは今回が初めてだった。セラが浮かれているのはそのためだろうと、ライゼスは気付かれないように、小さなため息を隠した。

■ □ ■

「実は、困った事になってね」
 国王が苦笑しながらそう切り出したのは、今から少し前に遡る。いつものように、部屋で読書をしていたライゼスは、急に国王から呼びつけられた。それ自体は、特に珍しいことではない。大方、セラがまた何ごとかやらかした、もしくはやらかそうとしているのであろう。その見当は正しかったのだが、今回はいつもとは少し違うようだった。
「セラを、任務に出すことにしたんだ」
「ええ!?」
 国王の言葉に、ライゼスは王の前であることも忘れて、素っ頓狂な声をあげてしまった。あまつさえ、それを取り繕うことも忘れた。それほどの動揺を見せるライゼスに立ち直る暇も与えず、国王の言葉は彼に追い討ちをかけた。
「しかも、もう出かけてしまった。今頃は城下かな。だから急いで追いかけて欲しい。――まあ、セラももう子供ではないし大丈夫だとは思うんだが、母親に似て無鉄砲な所がある。一人では心配だ」
 ライゼスはしばらく、放心したように突っ立っていたのだが。
 事が重大であること、急を要することに気付いて、慌てて立ち直った。
「わかりました! 急いで追いかけて連れ戻します!!」
「あ、いや……」
 ライゼスの勢いに気圧されて、王は困ったように頬を掻いた。
「さっきも言ったけど、今回の任務はセラに任せてみようと思うんだ。だからフォローしてやって欲しい」 そんな国王の采配に、ライゼスは金魚のように口をパクパクさせた。あまりの展開に、言葉が出なかった。 「ラス、少し落ち着けよ。今回の任務は、内容が内容だ」
 見かねて口を挟んだのは、王の隣に控えていた騎士だった。彼は王国騎士団を取りまとめる総隊長であり、そしてライゼスの父でもある。父に窘められ、ライゼスは落ち着きを取り戻した――
「隊長、いつも言ってますが、その軽薄な言葉遣いはやめて下さい。陛下の前ですよ」
 ――わけではなかった。
 見るからに生真面目なライゼスと対照的に、彼の父親はいい歳にも関わらず見た目に軽薄そうだった。ついでに言えば中身もだいぶ適当な人間である。息子に叱られても、特に動じた様子も見られない。「今のオマエの態度だって、王の前だというならそんなに褒められたもんじゃなかったけどね〜」などとヌケヌケと返されて、ライゼスは咳払いをした。
「それで、陛下。それはどのような任務なのですか」
「うん。じゃあ任務について話そう」
 そんな親子の様子は日常茶飯事である。国王もさほど気にした様子もなく、話を続ける。
「ファラステル大陸の、リルドシアという国を知っているか?」
「はい、名前は」
 短く答える。勤勉なライゼスは、現存する国の名前くらいは全て頭に入っていた。ついでにいえば、そのリルドシア国が花と緑に溢れた国で、特産物は綿花である程度の知識もあった。
「このところ、我が国はリルドシアと国交が盛んでね。ふとしたことが縁で、リルドシア国王と書面をやりとりしてるうちに意気投合したんだが、そのうちに、リルドシア王女を我が国に留学させたいと相談された。私はそれを快諾し、我が騎士団から騎士を派遣して、王女をお迎えにあがることも約束した」
 精鋭の騎士団から迎えが派遣されると知り、リルドシア王は非常に喜んだ。
「ここまでは良かったんだ。だが問題はここからだ」
 さて、リルドシアに騎士を派遣しようかというとき、当のリルドシア王女からの書面が届いた。その内容は、『自分は男性が苦手であり、騎士は女性にして欲しい』旨のことが美しい字でしたためられていた。我儘とも取れる内容だが、それを感じさせない、洗練された文章だった。
「ライゼス、君の母上もそうだったように、我が国には優れた女性騎士も多くいる。確かに道中姫と連れそうなら、女性騎士の方が何かと都合も良いだろう。私はすぐにそれを承諾する書面を返した。まぁ、ここまでもさほど問題ではなかったな。困ったのはその後で、今度は再び、リルドシア王から書面が来た」
 その内容は、『騎士は姫に相応しいような、立派な男性騎士であって欲しい』という旨のことであった。言ってしまえば親馬鹿で、ともすれば女性騎士への偏見ともとれる内容だが、それを感じさせない洗練された文章であった。
「それでほとほと困ってしまったわけだ」
「――はあ」
 確かに、厄介な依頼である。父を立てれば娘が立たず、娘を立てれば父が立たずというわけだ。
「リルドシア王国とは、今後も友好関係を続けて行きたいと思っている。なので、王の要望には応えたいと思うし、王女にも我が国へ向かう道中からお帰りになられるまで心安らかであって欲しいと思うんだ。……というわけなんだよ、ライゼス」
「……わかりました。それで、セラ様なのですね」
 そこまで聞いて、ライゼスにはどうして国王がセラを派遣したのか合点が行った。
 父にも、その理由は解っているだろう。いや、この国の者なら大抵だれも皆同じ結論になるのではないか。
 リルドシア王女にしても、ゆくゆくは納得するに違いない。
「では、ライゼス。セラをよろしく頼む。……戦乱の世は終わり、今は平穏の時代だ。さほどの危険はないだろうが、失敗すれば国際問題であることは覚えておいてくれ。心してかかるように」
 国王が、和ませていた目を細める。ライゼスは表情を引き締めて一礼すると、足早に執務室を後にした。