セラ、姫になる 5



 野盗でも出たのかとセラは身構えたが、よく見ればさっきの男達の片割れだった。だが手にした抜き身の剣が一番乗り口に近い場所にいたティルに突きつけられると、野盗となんら変わりはなくなる。
「うるさい! 叫んでも誰にも聞こえねえよ。少なくとも、叫んで聞こえる範囲には、街も村もねえからな」
 男が一喝するが、それは混乱に陥った女達の悲鳴を一層悲壮にさせただけだった。それに焦れた男が、もう一度声を張り上げる。
「うるさいと言っている! 黙らないとうるさい奴からブッ殺すぞ!!」
 今度は途端に悲鳴が止んだ。男が本当に殺しかねないほど苛立っていたからである。それを見て、ライゼスはセラを庇うようにして腕を伸ばした。セラの剣はまだティルが持っている。だがライゼスの方は馬車の光源があるので、昼間ほどではないにしろ、魔法を使うのは容易そうだった。とはいえここで魔法を使えば他の女やセラも巻き込むので迂闊にはできない。剣を突きつけられているのがティルであるうちは、まだこちらに有利な状況だった。
「よし、それでいい。お前は降りろ」
 剣を突きつけたまま、男がティルに降りるよう促す。彼は言われるまま立ち上がり、馬車を降りた。すると剣を持った男は、御者台の男にむけて顎をしゃくってみせた。
「よし、出せ」
「待て! その娘をどこに連れて行く?」
 慌ててセラがライゼスの後ろから顔を出す。男は面倒そうに口を曲げたが、それでも一応つまらなそうに答えてきた。
「ノルザに連れて行くのはこいつだけだ」
 顔色を変えたのは、他の三人の女だ。
「そんな! そんなのないわ!」
「私達はどうなるの!?」
 色めきたって、女達が我先にティルを追って馬車を降りようと降り口に詰め掛ける。
「落ち着いてください、危険です!」
 ライゼスがそれを止めるべく叫んだが、憤慨する女達が聞くはずもなく、馬車が動き出そうとするのを察して女たちが一斉に馬車を飛び降りようとする。
「おい、止めろ!」
 それを見て、男は再び御者台に向かって叫んだ。そしてティルの腕を掴むと、剣先を女達の方へとずらす。再び悲鳴が上がり、セラとライゼスもまた馬車を飛び降りた。
「動くな! お前らがどうなるかだって? 教えてやるよ、適当に売り飛ばすんだよ。カルヴァート伯はとびきりの上玉じゃなきゃ買ってくれねえ。だが売る場所を選べばお前らも金にはなるからな」
 男の言葉に、女達の顔色はいよいよ蒼白になった。恐怖に歪む彼女らの顔を見て、セラの怒りは沸点を越えそうになった。こんな輩が国内にいると考えただけで吐き気を覚えた。
(剣さえあれば……)
 もどかしさにセラは歯を噛みしめた。相手は既に剣を構えているので、丸腰では迂闊に動けない。剣を抱えるティルを伺うが、彼も様子を伺っているのだろう。まだ動かない。その間にも、剣を構えた男がじりじりとこちらへ近づいてくる。
「言うこと聞けないっていうなら、もう少し怖がらせてやろうか……? なんなら、ここでお楽しみ会を開いてからでもいいんだ、ぜ!?」
 下卑た笑いは途中で歪み、声には同時に苦痛がにじんだ。
「黙れよ下衆」
 真横にいたティルが、そのみぞおちをセラの剣で突いていた。そしてそのまま、その剣をセラへと放る。
「セラちゃん!」
 ティルの叫びとともに、セラの剣が弧を描いてセラの手中に正確に収まる。そして、それと同時に、異変を察したもう一人の男が、御者台から飛び降り剣を抜き放つ。
 ギィン、と嫌な金属音が響き渡った。剣を受け取ると同時に走っていたセラが、男の剣を自らの剣で受けていた。その動きも抜剣も誰の目にも留まらず、剣を手にしたセラは水を得た魚のように、いきいきとその剣を操る。思わずそれに見惚れていたティルとライゼスだったが、それがいけなかった。
「ティル! 後ろ!!」
「!」
 男と切り結びながらも、セラが警告を放つ。が、僅かに遅かった。セラが口を開いた頃には、ティルも背後の気配に気付いていたが、全てがほんの少し遅かった――頭に強い衝撃を受けながら、ティルはそのことを悔やんでいた。
「た、立ち直りが早ぇじゃねえか――」
 気絶しているとばかり思っていた、先刻打ち倒したばかりの男が、剣の柄を振りかぶっている。毒づいてはみたものの、混濁しはじめる意識は、最早繋ぎなおすことままならず、ティルの体がぐらりと傾いた。それを男が受け止める。
「くッ」
 魔法を使うため印を切りかけたライゼスだったが、あまりに男とティルの距離が近すぎるため、撃つことができない。男の足を止めるくらいの威力を放てば、ティルも無事には済まないだろう。
「ティル!」
 セラが焦って叫ぶが、こちらもなかなか決着がつかなかった。ただのならず者と見たのが間違いで、騎士団にいてもおかしくないほどの腕はしている。二人がまごついている間に、男はティルを抱えたまま馬に近づくと、馬車を引いていた綱を切った。そしてそのまま馬に跨り、逃走する。
「くそッ!!」
 裂帛の気合と共に振り上げたセラの剣が男の剣を弾き飛ばし、その空いた胴に渾身の力で峰を打ち込む。どう、と男が倒れ、それでようやくカタがつく。だがそれを喜んでいる場合ではなく、セラは剣を納めるなり叫んだ。
「ラス、追うぞ!」
「待ってください!」
 もう一頭、残った馬にセラが手をかけるも、それをライゼスが静止する。
「この人たちをここに置いていく気ですか!?」
「でもティルが!!」
 咄嗟にライゼスに叫び返しながら、だがセラも頭ではライゼスの言うことが正しいとわかっていた。セラが残る馬に乗っていってしまえば、彼女たちは夜道を徒歩でミーミアまで戻らなければいけない。それは余りにも酷だし、だからといって馬で逃走した相手を走って追うのは余りにも無謀というものだろう。
「気持ちはわかりますが、セラ。連れ去ったということはまず殺しはしないでしょうし、行き先は十中八九ノルザです。大体、あの人は簡単にやられるような人じゃないですよ」
 落ち着かせるようにセラの両肩に手を置き、ライゼスが優しく諭す。
「ですから、今はこの方たちをミーミアまで送って、騎士団に保護を要請するのが先です」
 そこでようやくセラも冷静になれた。
「……わかった。ラスの言うとおりだ。私は短慮でいけないな……。すまない」
「いいんですよ。姫が短慮じゃなかったら、僕がいる意味がないですからね」
 そんな冗談だか本気だかわからないようなことを言い、ライゼスは笑った。