新たな任務 4



 ランドエバーの城下町を北西に抜けると、ガルアラという街がある。だが、南西に首都ヴァールを始めとした主要都市が並ぶのに比べ、北はガルアラを抜けると一気に風景は寂れてゆく。というのもそれより北は、年中雪に閉ざされた厳しい土地になるからだ。
 セラ達一行はガルアラで馬車を降りると宿を取り、情報を集めたが、城下とさほど距離がないこの街ではたいした話は聞けなかった。早々に見切りをつけ、その日中に北へ向かう馬車に乗ってガルアラを出る。馬車は二日ほど平原を行き、ミーミアという街に着いた。ガルアラより随分規模は小さいが、辛うじて『街』と呼べる範囲だろう。だがここからさらに北に向かう馬車は出ていない。
「うーん、ノルザまではまだだいぶ距離があるけど、どうしよう?」
 馬車を降りて、地図を睨みながらセラが唸る。
「行商に行く者がいるでしょうから、探してその馬車に頼んで乗せてもらいましょう。山奥になればなるほど、物資には困るでしょうからね」
 最初からそのつもりだったのだろう、さほど困った様子もなくライゼスがそう告げる。頷きながら、セラはほんの少し自嘲していた。ライゼスもティルも頭がいい。宮廷学士であるライゼスはともかく、ティルはセラとそう立場は違わないはずだ。城から出たことなどそうないだろうに、故郷を去っても彼は落ち着いているし、人に頼らなくても充分生きていけそうな、そんな自信に溢れている。セラとて、たいていのことは自分一人でできると思ってはいるが、二人と一緒にいるとどうにも自分が子どもじみて感じるときがある。
「どうかした? セラちゃん」
 そんなにぼんやりしていたつもりはないのだが、ティルが不思議そうな声をこちらに向けたので、セラは慌てて地図をしまった。
「なんでもないよ」
 しまいながら、それだけ答える。ティルと目を合わせてしまったら、なんだか見透かされそうで恥ずかしかった。

 適当に宿を取ると三人は街に出た。陽が落ちる前に馬車に乗せてくれそうな人を探しておきたいのもあったが、単純に宿に食堂がなかったのも理由である。情報収集のついでに外で食べる目的も兼ねていた。しかし、とにかく馬がいないことには話にならない。馬車をさがしてウロウロしているのだが、一向にその姿を見つけることができなくて、ついにティルからぼやきが漏れた。
「腹減ったー」
 やる気がない声はライゼスを苛立たせたが、反論するには自分も空腹に耐えかねているのが正直なところだ。セラにしてみても、表情が空腹を物語っている。
「……先に夕食にしないか、ラス? 例の情報のついでに、馬車を持っている人がいないかも聞けばいいし」  痺れを切らしたセラが言うと、「賛成」とティルが手をあげる。セラの言うことも道理だったが、ライゼスは少し考えるような表情を見せた。
「そうですね。でも、その前に酒場です。情報ならやっぱり酒場が一番集まりますから」
「飯のあとでもいいじゃん」
 率直な意見を言うティルに、ライゼスが面倒そうに顔をしかめる。
「夕飯の後では陽が落ちてしまいます」
「陽が落ちても酒場はやってるぜ」
「夜の酒場なんてところに姫を連れて行きたくありません」
「何それ、どんだけ過保護よお前」
 セラとティルが同時に溜め息をついたが、ライゼスは前言を翻さなかった。
「確かに僕は過保護ですよ。でもこれについては過保護といわれるのは心外ですね。もしセラが酔っ払いに絡まれでもしたら、貴方はどう責任とってくれるんですか?」
 詰め寄られて、ティルが「う」と言葉に詰まる。悔しいが、ライゼスの言うことは正しいと認めざるを得なかった。ティルだって、セラが酔っ払いに絡まれるなど願い下げだ。だがそれでもティルは食い下がった。
「わかった。もしそーなったら、俺が責任もってセラちゃんを嫁に貰う」
「余計悪いです!」
 バシィ、とラスの叫びと共に白い閃光が走ってティルの服を焦がす。ブスブスと煙を上げる袖をはたいて、ティルは仏頂面になった。この展開で何度服や髪を焦がされたかわからない。
「ったく、俺は酔っ払い以下かよ。まぁいいや、絡まれるのは俺もごめんだからな。陽が落ちる前に行こうぜ」
 ここでライゼスとやりあっていては夜になってしまう。ライゼスの言の正しさは認めているので、ティルは渋々足を前に出した。
「私なら大丈夫だけど……女だってバレないと思うし」
 一人納得行かない顔のセラがぶつぶつ言いながら歩き出す二人に続いたが、その呟きを聞いてティルは彼女を振り返った。
「いやいや。セラちゃんは自分の魅力に気付いてないんだよ。ホラ、現に俺はソッコーでセラちゃんが女だって解ったでしょ?」
「ああ。そういえば、ティルは最初から気付いてたみたいだったけど。何で?」
 思い出して、セラが首を捻る。そういえばティルには最初から女だと看破されていたようだった。別にセラは意図して男装しているわけではないが、女だと言わなければまず男だと思われる。現に、前の任務で男性騎士を希望していたリルドシア王とて何の疑いもなくセラを男性だと思った程だ。それなのに、ティルにはどうしてあんなにもあっさりとばれてしまったのか。セラも気になってはいたので聞いてみる。
「いやいや、普通気付くって。こんだけ可愛かったらさ」
 すると、面と向かってそんなことを言われて、さすがに鈍感なセラも、少し頬を赤らめた。
(お、脈アリ?)
 ライゼスの視線が刺さっても、ここで退くティルではない。勢い込んでティルはセラに詰め寄った。
「ちなみに、さっきの冗談じゃないからね。いつでも俺の嫁に」
「まあ、いいか。私はともかく、ティルが絡まれそうだからな」
 だがすでにセラは聞いていなかった上、全く悪気なく、女顔のティルのコンプレックスを思い切り抉りながら横を通り過ぎて行った。
「……着きましたよ、酒場。店開いてるみたいですし、混みだす前にさっさと行きましょう」
 がっくりと肩を落としたティルに、ライゼスが声をかける。その声に少しだけ憐れみが含まれているのを感じ取って、ティルは少し惨めな気分になっていた。