新たな任務 3



 務を受けたその日中に三人はヴァラドへ向けて出発していた。九部隊は騎士であって騎士でない。任務に向かうのに面倒な準備も手続きも必要ない。城にいて何かすることがあるわけでもない。故に出立は容易だ。 「今更なんだけど。ティルはなんで第九部隊に来たんだ?」
 城下を出るまでは城が有する馬車に無賃で乗車できる。その馬車の中で、ふいにセラはそんなことを聞いていた。ガタゴトと不規則な揺れの中で、黙って揺られていると眠くなる。話しかけたのはただそれだけの理由なのだが。
「セラちゃんの傍にいたいからだよ」
 にこにこと即答するティルに、セラが首を捻る。
「なんで?」
 返ってきた言葉は――ある程度予想していたとはいえ――ティルの肩を落とさせるのには充分だった。
「わかってないよね。絶対わかってないよね」
「なんで僕に聞くんですか」
 涙目で振り向いたティルに、ライゼスはうっとうしそうに吐き捨てた。対面式四人乗り仕様のこの馬車に、ライゼスとティルは隣り合って座っている。互いに互いには近づきたくなかったが、やはり互いにセラの隣を譲らなかった、断腸の結果だった。
 だが隣でなくとも、向かいから何かとティルはセラにちょっかいをかける。どうやら本気でセラに惚れているらしいティルは、どうにかして彼女の気を引きたいのだろう。ライゼスにしてみればうっとうしいことこの上ない。
 一方ティルは、つっけんどんに答えられてむっとした顔をしたが、もとより友好的な答えを期待してはいないので、それだけに止まった。
「まあ一番都合が良かったっていうのはあるよ。ランドエバーに住むなら、九部隊が一番表に出ないだろ? 祖国と離れているとはいえ、俺って目立つからさ。誰が気付くか解らないし」
 ティルはランドエバーから海を隔てた王国リルドシアの王族だが、十七年間姫として育てられた過去を持つ。国王が彼を溺愛して政治を放棄したため内乱が起き、ティルは表向き死んだことにされランドエバーに亡命してきた身だ。現在はティル・ハーレットという名で第九部隊に在籍している。
「でも本音を言えば、セラちゃんとボーヤ二人っきりの部隊っていうのが腹立たしかったからなんだけどね」  いたって真剣な顔のまま、ライゼスにとって非常に余計な一言を彼は付け加えた。勝手にライバル視されているのもまた、ライゼスの悩みのひとつである。幸いなのが、セラが致命的に鈍感ということだ。良くも悪くも剣以外に全く興味のないセラには、ティルの必死のアプローチはひとつも届いたことがない。だから今もセラはただ首を捻るばかりである。
「……なんで?」
 それでもティルは黙らない。
「ボーヤが抜け駆けするかもしんないし」
「ど、どういう意味ですか!」
 不貞腐れて言うティルに、やや動揺してライゼスが声を荒げる。
「そのままの意味」
 挑戦的な笑顔でこちらを向いたティルを、ライゼスもまた睨み返した。
(この人は、勘違いしてる――)
 常日頃思っていることを、ライゼスは再び胸の中で繰り返した。ティルは、ライゼスもまたセラのことが好きだと思っている。もともと相容れない性格はしているが、ティルがここまでつっかかってくるのはやはりセラのことがあるからだろう。だがライゼスにしてみれば誤解としか言い様がない。
 セラのことが好きか嫌いかと問われれば好きだが、それが恋愛感情かと問われると、ライゼスにはなんとも答えられない。そもそもそんな風に考えたことがない。彼女のためなら命をも惜しまないと断言できるが、それは臣下としての分であり、またその分をわきまえずに言うのなら、ライゼスにとってセラは幼馴染で家族も同然だった。
 だからこうしてティルにセラのことで喧嘩を吹っかけられるとどうにも気まずい。そう思っているはずなのに、何故かセラを変に意識してしまう。ティルに勘違いだと告げてしまえばいいのかもしれないが、そんなことを言えばティルが調子に乗るのは目に見えている。結局現状維持しかない。
 言葉に詰まったライゼスに、だがティルもそれ以上は何も言わなかった。なのに、セラが言葉を挟んでくる。
「どういう意味?」
 何かを勘ぐっている風ではない。本当に何もわかっていない。
「ッ、知りません!」
「……なんで怒るんだよ」
 ライゼスやティルの内情など知りもしないセラには、何故ライゼスが苛立っているのか皆目見当もつかず、浅くため息をついた。一方ライゼスはといえば、怒鳴ったことを若干後悔していたが、それ以上にこの会話を打ち切りたかったので沈黙を通した。
 しばらく、馬車の車輪の音や、馬の蹄の音だけが車内に響く。
 結局、沈黙を破ったのはまたもセラだった。
「……本当にいるのかな、吸血鬼なんて……」
 ほとんど独白に近いそれは、行き違った馬車の音に半分消された。それでも聞こえないほどではない。
「いてもおかしくないんじゃない? そもそも、吸血鬼のモデルは人間なんだし」
「そうなのか?」
 呟きに答えてきたティルに、セラが意外そうな声を上げる。独り言のつもりだった呟きに答えが返ってきたことも、その内容も、両方が意外だった。
「そうだよ。吸血鬼の噂だけで、恐怖で村人が狂い、疑心暗鬼になり、結果村が滅んだなんて吸血鬼伝説もあるね。ま、人間が一番怖いってこと。俺的にはいっそ本物の吸血鬼がいてくれた方がいいよ、人間が暗躍してるよりはね」
 ティルは腕を組むと、小さな窓から外を眺めた。その表情には珍しく憂いのようなものが見えて、思わずセラは問いかけた。
「ティルは、人が嫌いなのか?」
「さあね? でもセラちゃんは好きだよ」
 問うと笑顔を向けられた。憂いは瞬時に消えており、もうどこにも見つからない。
「あ、ありがと」
 その変わりように多少圧倒されて、セラの答えはそれだけだった。そのことに再びティルは肩を落とす。
「……ちなみに、ボーヤは嫌いだ」
 何を言うのかと思えばそんなことで、ライゼスは小さく鼻を鳴らした。
「お互い様です」
「だろうな」
 ふう、とティルが息をつく。しかし、
「なんで二人はそんなに仲が悪いんだよ」
 呆れたようにセラが問えば、二人は顔を見合わせてため息をつくしかない。まさか、あなたが原因ですとも言えない。
「な、なんだよ……」
「いや別に……。で、ボーヤ、これからどうすんの?」
「そうですね。城下の情報ではあまりに曖昧すぎますし、とりあえずノルザに進路をとりながら情報を集めましょうか」
 力ない二人の会話に、セラはひとり釈然とせず首を傾げるのだった。