第5章 太陽の騎士姫2
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 どんどんと、激しく何度も扉が叩かれ、その都度クラストの顔が強張っていく。
「今の音はなんだ? そこにいるのか、クラスト! セリエラ王女!」
 セラも最初は呆然としていたのだが、そこにいるのがシヴィリオだと気付き、千載一遇の好機に感謝した。剣を構えたまま、息を吸いこむ。
「シヴィリオ王子! 私をここから出して下さい! お願いします!」
 叫んだ瞬間に、クラストが物凄い形相でこちらを睨んだ。その手が刹那のうちに剣に伸びてこちらに向かい、だがそれに劣らぬ速さで動いたセラの手がその一撃を止める。重い金属音が部屋に響いた。
「ここを出てどうする気だ、セリエラ。ボクを怒らせたいの?」
「貴様が先に私を怒らせたんだ」
 止めた剣がクラストに打ち払われ、指先が痺れる。だがすぐにセラは動いていた。一瞬でも集中を崩せばそれが負けに直結する。だが負けることも自分が死ぬかもしれないことも、そんなことは大したことではなかった。だけどここでは倒れられない。その気持ちだけがどこまでも立ち向かう力になっていた。
「ラスはずっと私の傍で私の盾となってくれた。だから私はラスの剣になるのだと、どこにいても必ず守ると誓ったんだ」
 再びセラが踏みこみ、剣を振りかぶる。今度は逆にクラストがそれを受け、拮抗する。力で押し切ろうとされて、セラは刃を立てて角度を変えた。力の方向が流され、押し切ろうとしたクラストが逆に押される形になる。舌打ちして受け流そうとするが、セラの剣はそれを許さなかった。
「ティルはずっとたった一人で戦ってきた。だからもう二度と一人にしないし哀しませたりしない。エドと約束した!」
 クラストの剣を跳ね上げて、それと同時にセラが斬り込む。紙一重でそれを避けるも、またセラの剣は頬を掠めて赤い筋を刻み、クラストは顔を歪めた。セラのスピードは前より早く、繰り出してくる剣は前より鋭い。何故、とその唇が紡ぐ間に、再びセラが剣を構える。
「私は守護神の子――ランドエバー聖近衛騎士団第九部隊、セリエス・ファースト。父上と我が国の名にかけて、守ると誓ったものは必ず守る。二人ともこんなことで失いやしない、絶対に!!」
 その一瞬、セラの姿が自分よりも大きく見えて、クラストは軽く頭を振ると瞬きを繰り返した。だがすぐに笑みを取り繕う。どんな時だって、自分の力で思うように動かしてきた。もっと大きな力も権力も、ずっと自分の意のままだったのだ。理想を謳うだけの籠の鳥が、自分に従えぬ筈はない。
「……所詮キミも浅はかな人間だセリエラ。目の前のものしか見えない。自分の痛みしか見ないんだ」
「浅はかだの浅慮だの短慮だのはお墨付きだ!」
 それなのに、再び仕掛けた精神魔法はあっさりと切り捨てられた。激しい音がして扉が開かれたのは、丁度そのときだった。
「何をしているクラスト!」
 扉を破って入ってきたシヴィリオが叫び、セラは表情を緩めた。クラストはシヴィリオの心を読めないと言っていた。それはすなわち、シヴィリオに精神魔法が効かないということだ。加勢を頼むにこれほど心強い人物はいない。
「やめなさいクラスト! こんなことをしてどうする。それほど私と父上が憎いなら、それも致し方ない。だが王女を巻き込む必要はないだろう!」
「貴様や父など関係ない! ボクはただ、ボクの道を行くだけだ」
「お前がお前の道を行くというのなら、私は誰よりもその道を守ろう。だが、他の者までお前の道を歩かせるのは間違っている。それが解らぬほどお前は愚かではないはずだ!」
 クラストが見た目にも憤慨し、隙を作る。だが恐らく、もう二度とないであろうその隙に、セラは踏み込まなかった。
「……クラスト。お前、シヴィリオ王子の心が読めないといっていたな」
 視線を外したまま、クラストは動かなかったし答えなかった。だがセラは言葉を続けた。
「読めないんじゃない、お前はまっすぐで裏表のないものが信じられないだけだ。哀れだな、クラスト。この世界は虚ろなだけじゃなく、影ばかりでもない。お前の言うとおり人間は自分勝手かもしれないが、大事なものを守ろうとするから優しくなれるし強くなれる。それが過ちを産んだとしても、真っ直ぐに誰かを愛することをお前に嗤う資格はない」
 ゆっくりとセラは剣を引き、腰を落としてもう一度構えを作った。
「そこを退け。私は私の大事なものを守る。一番大事なものを守れずに、それより大きなものを護ることなどできないから」
 セラのアイスグリーンの双眸が真っ直ぐにクラストを射抜き、そしてその向こうで――
 クラストは笑った。いつもの笑みを既にその表情に戻し、クラストもまた剣を構えた。
「馬鹿だね。そこまで決心しているのなら、どうしてさっき踏み込まなかった?」
 その笑顔に殺気がこもり、踏み出しかけた足がじり、と床を踏みしめる。
「キミを落とせないのは解った。ボクのポリシーには反するけど、だったらボクも本気で――」
 だがその言葉は半ばで途切れた。
「行きなさい、王女!」
 シヴィリオが後ろからクラストを羽交い絞めにしていた。咄嗟のことにクラストが反応できず、セラも行動を迷う。だが、
「早く!」
 その叫びで弾かれたようにセラは走り出した。
「――離せ!」
 背後でクラストの怒声が聞こえる。そう長くは持たないだろう――剣を抜いたまま、セラは城を出ようと走った。急がねば兵士達に訝しがられて邪魔されかねない。だがセラの進路を遮ったのは、そのいずれでもなかった。
「ッ」
 剣を構えかけ、止まる。
 切っ先の向こうには見覚えのある刀と、見間違えようのない人物がいた。



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