お姫様の秘密 5


 それから三人は、人目につかない裏道を選んで、できるだけ宿から遠ざかった。
「こんなことがバレたら、陛下になんと言われるか」
 宿から離れ、街外れまで来ると、走る足を緩めながらライゼスが大仰にぼやいた。それに答えたわけではないだろうが、つまらなそうにティルが呟く。
「まあ、多分追いかけてはこないよ」
 彼が口にしたのは、至って楽観的なせりふだった。
「俺が最初に渡した金は、サイドボードと窓硝子を新調して、三人分の宿代と食事代を引いても釣りがくる金額だ。捕まえて騒ぎを大きくしても、向こうにメリットはないだろう」
「まるでそれを見越して大金を渡したみたいだな」
 足を止めて、セラが鋭い口調で言う。まるで――という言い回しをしておきながら、セラはそれを確信しているようだった。
 セラが立ち止まったので、ライゼスとティルもまた足を止めた。二人の注目を浴び、セラがさらに口を開く。
「襲撃も予測していたようだったし、私にやつらを追うなと言ったところを見ると、襲撃者にも見当がついているんだろう」
 セラの問いかけに、ティルはまっすぐに彼女の鋭い双眸を見返すと、ふぅ、と息をついた。月明かりが、彼の困ったように笑う表情を映し出す。
「……このまま朝を待って、セラちゃんは国に帰りなよ。さっきから言ってるだろ? 巻き込みたくないって」
 ティルの言葉は、セラの問いに答えるものではなかった。それに不満を感じたのだろう、それをそのままセラが表情に出す。
「さっき遅かったみたいなこと言ってませんでしたか?」
 だが言葉を発したのはライゼスだった。基本彼の言葉は無視しているティルである、ライゼスも答えを期待はしていなかったが、珍しくティルは彼へと目を向けた。
「ボーヤは側近って言ってたよな。仕える姫を危険に晒すのは望むところじゃないだろ?」
 ティルの口調は相変わらず軽いままだったが、こちらに向けられた目が笑っていないことにライゼスは気付いていた。ティルは、警告しているのだ。わかった上で、しかしライゼスは反論を口にした。
「そりゃそうですが。だからといって、貴方の一存で国に帰れるほど僕も無責任じゃありませんよ。第一巻き込まれるも何も、僕らは貴方の護衛のために派遣されているんです。いくら平穏の世といえど、護衛という時点で襲われるかもしれない危険は陛下も予想の範疇のはず。だからこそ万一に備えて、僕を影につけたんでしょうし……まあ、それこそ想定外の出来事で、こうして表に出ることになってしまいましたけど?」
 そこで一度言葉を切って、ライゼスはギロリとティルを睨んだ。言外に、当初の行動を責められていることに気が付き、ティルが肩をすくめる。
「いい女を見たら欲しくなるのが男のサガだろ」
「貴方はケダモノですか。大体、どうしてセラが女性だとわかったんです?」
「俺が男と女を間違えるかよ。うーんでも、強いて言うなら匂いかな?」
「そうですか。やっぱりケダモノでしたか」
「……ボーヤは口が悪いな」
「人の名前も覚えられないんですか? 頭もケダモノ並みなんですね」
 次第に二人の口調が棒読みになっていく。どちらも表情は微笑しているが、交わる視線の先に火花が散っているのが見えた気がして、セラはわざとらしく大きな咳払いをした。それによって我に返った二人を見て、セラが脱線しかけた話を元に戻す。
「ティル、私はランドエバー王女である前に、王命によって派遣されたランドエバーの騎士だ。中途半端に任務を投げ出す気はない」
 冷静に告げるセラに、ティルはセラへと視線を戻した。その瞳には、暗がりでも強い意志が見てとれる。それでもなおティルが説得を続けようと口を開きかけるが、それより前にライゼスがため息とともに言葉を吐き出していた。
「……一応忠告しときますけど。セラは一度言い出したら、絶ッッッッッッッッッ対に聞きませんよ」
 必要以上に力をこめて、ライゼスが言い切る。セラは少し複雑な表情で彼を見たが、否定はしなかった。それを見て、今度はティルが深いため息をつく。
「……わかったよ。まあ襲われた以上、それを気にせず帰れってのも無理があるよな」
 諦めたように呟くと、ティルは道の脇に無造作に積まれている木箱に腰を降ろした。
「でも、相手が賊とか他国の刺客ならまだしも、多分リルドシア王家の人間なんだよね」
 いくらか自嘲のこもった声で、ティル。その意外な言葉に、セラは驚きに目を見開いたが、ライゼスの表情にとくに変化はなかった。
「やっぱりそうでしたか」
「知っていたのか?」
 セラに勢い込んで問われ、だがライゼスは首を横に振った。
「いえ。ただ、城下で情報を集めていたら王家に関するキナ臭い話が多々聞けましたからね。たとえば」
 ライゼスはスッと目を細めると、横目でティルの方を窺い見た。
「リルドシア王は、近々十番目の姫君に王位を譲る気でいる――とか」
「はっ……、国民にまで噂されてんのか」
 ティルは地面へと視線を落とすと、やや疲れたような声を出した。
「それは、私も直に国王から聞いて、気になっていた」
 ライゼスの言葉を聞いて、セラが口を挟む。
「じゃあ、襲撃の主がリルドシア王家の人間っていうのは」
「まあ、普通に考えれば上の九人の王子にとっては面白い話ではないでしょうね」
 俯いたままのティルに、ライゼスが続ける。
「そもそも、異常なほど溺愛している姫を、海を隔てた遠方の軍事国に留学させるのは不自然でしょう。しかも自国にも騎士団はあるでしょうに、わざわざ我が国の騎士に護衛を要請している。思うに、城内は既に敵だらけなんじゃないですか? 王は貴方の命を守るため、留学と称して貴方をランドエバーに逃がそうとしている――違いますか?」
そこまで聞いて、セラはようやく城での様々なおかしな出来事について合点がいった。急な出立も、人目を避けるティルの態度も。
「聡いじゃないか、ボーヤ」
 顔を上げて、ティルが珍しくライゼスを賞賛する。
「お察しの通り、さっきの襲撃の黒幕は恐らくディルフレッド……リルドシア第一王子だ。だが、他にも俺の存在が邪魔な奴はこの国にいくらでもいる。ヤツらは俺がリルドシアを出る前に、なんとしても消しにかかるだろうな」
 淡々としたティルの呟きに、セラとライゼスは表情に緊張を走らせた。