【まさか!の事件簿×IN BLOOM2で夏祭り! 下】



 祭も終わり静まり返った夜の住宅街、咲良は全力で自転車を漕いでいた。
「あ、あそこだよ。あの細道入って」
 汗だくになってペダルを踏むこちらとは対照的に、荷台の上で莉子が涼しげな声を上げる。彼女が示した道の方を見て、咲良は悲鳴じみた声を上げた。
「み、道じゃねーよこんなとこ!!」
「通れれば道よぉ、大丈夫、私よく通ってるよ」
 それは一人乗りでの話だろう。後ろに人一人乗せて道なき道を行けなど、無理な注文だ。だが泣きごとを飲み込んで、咲良はハンドルを切った。
「おー、うまいうまい」
「そりゃどーも! それよりほんとにちゃんと辿りつけるんだろうな!?」
「もちろんだよー」
 祭の片付けで出会った女から聞きだしたこと、それは彼女の恋人が薬物の売買に加担しているということだった。今夜の祭でたこ焼きの夜店を出していたが、それに使う粉に薬を紛れこませ、販売していたらしい。
「あなたの連れの女の子は、多分間違えられたのよ。粉に興味を持っていたから」
 騒ぎになる前に、近くを警戒していた仲間が彼女を捕え、そしてその先を莉子が目撃した。
「でも、それが本当に君の彼女なら、なんで粉に興味持ったのかしらね?」
「いや、なくはない。たこ焼き自体珍しがりそうだし……、ていうか、べ、別に彼女ってわけじゃないよっ!?」
「たこやきが珍しいとか、大事な人なのに彼女じゃないとか、いまいちよくわかんないな〜」
 慌てた様子の咲良を見て、莉子が半眼で唸る。ともあれ、これで全てが一本の線に繋がった。
「とにかく、今度こそちゃんと警察に言うからね?」
 咲良と女性の二人に念を押すように告げてから、莉子はまた巾着から携帯を出した。
「ねえ、急いだ方がいいわ。撤収したら五丁目の廃工場ってあの人言ってた。あなたの大事な人、酷い目に合ってるかもいれない……!」
 莉子が通報するのを聞きながら、女性は咲良の腕に取りすがった。その目には、純粋にこちらを心配するような色がある。咲良は礼を言って頷くと、今度こそ自転車が止めてある方に走った。
 だが、サドルに飛び乗ってペダルを漕ぐと、妙に重い。振り返るとちゃっかりと後ろに莉子が乗っていた。
「竜造寺!?」
「五丁目の廃工場でしょ? 私近道知ってる。それに君、なんか頼りないし。ってわけで、はい出発!」
 ぺしりと背中を叩かれ、咄嗟にペダルを漕いで今に至る。
 莉子の近道は、もはや道とも呼べないものばかりだったが、それでもかなり早くに目的の場所へと辿りつくことができた。誰もいないはずの廃工場の奥に灯りを見つけ、ぴんと緊張の糸が張り詰める。
「ここまででいいよ。あとは俺一人で行く」
「あら、意外と男前。でも大丈夫、私意外と強いから」
「攫われた俺の連れは、それよりさらに強かった。何が起きるかわからない」
「だったら、余計君一人で行かせられないよ。それに……」
 ガタ、と背後で物音がして、咲良がはっとする。それと物影から誰か飛び出してくるまでにタイムラグはない。
「なんだ、お前ら!」
 ヤクザのような巻き舌口調で、男が二人こちらに向かってくる。
「姫野君、右任せた!」
「え、ちょ、待――」
 止める間もなく莉子がこちらと距離を取る。よりによって、彼女が向かっていった右の方は、ドスのようなものを持っていた。それが莉子へと振り下ろされるのを見て、心臓が縮みあがる。だが彼女は身をかがめて相手の懐に入ると、ドスを持ったその手を両手で掴み、自分の体重を利用して思い切り引く。元々勢いをつけて振りおろしていたことと、莉子に引かれたことの相乗効果で、男の体は宙を舞って吹き飛んだ。
「――合気道!?」
 思わず咲良は叫んでいた。だが驚いている場合ではない。怒声とともに腕を掴まれてはっとする。だがこちらの男は武器を持っているわけでもない。冷静に掴み上げられた相手の手を外し、逆関節を押さえ、次の瞬間には相手が地面に沈んでいる。
「やっぱり、君も合気道かー。さっき腕を掴まれたときに、そうかなって思ったんだ」
 莉子にそんなことを言われて、咲良も思い出した。確かに、さっき手を振り払おうとしたときの莉子の手の外し方は、合気道の基本を押さえていた。だから咄嗟に、「外れない」握り方をしてしまった。咲良にとっては無意識だったが、莉子は見逃していなかったのだ。
 騒ぎに気付いたのだろう、工場の中が騒がしくなる。その声や足音を、莉子は冷静に分析していた。
「五、六……、それ以上いる。姫野君、私が引きつけるから、君は彼女を探して。間もなく警察も来るはずだから」
「――ッ」
 女性の莉子に危険なことをやらせるのは気が進まなかったが、さっきの動きを見るに、莉子の方が強いのは明白だ。どの道考える暇もなく、開いたシャッターの向こうから十人近く、人相の悪い者が角材やドスを手に襲いかかってくる。
 先陣を切って襲いかかってきた者を、莉子が投げ飛ばし、数人を巻き添えにする。その間に、咲良は彼らの合間を縫って、工場の奥へと走っていた。幸い、探し人はすぐ見つかった。灯油缶に火が燃やされ、その傍に、ロープで手を縛られ、ぐったりしている黒髪の女性がいる。
「エドワード!!」
 叫んで駆け寄ろうとするが、後ろから掴まれる。咲良は咄嗟に、掴まれた手の指だけを握った。それだけで相手は激痛に浮足立つ。あとは適当に放り投げてまた走り出そうとするが、その間に別の者が、先に彼女――咲良がエドワードと呼ぶ女性の方へと、辿りついていた。そして、彼女の髪を掴んで引きずりあげ、首にナイフを突きつける。
「動くな!」
 その一喝で、今まさに一人投げ飛ばそうとしていた莉子が、動きを止める。自由を得た相手が莉子を殴りつけ、彼女の小さな体が地面を跳ねた。
「竜造寺ッ!」
 すぐ傍まで転がってきた莉子は口から血を流しており、慌てて抱き起こす。すると彼女はすぐに目を開け、あはは、と笑った。
「大丈夫、口切っただけ」
「ごめん……俺のせいで、巻き込んで」
「だから、大丈夫だって。それより彼女を――」
 そう言って顔を上げた莉子の声が、ふと凍る。それを見て不安に駆られ、咲良も彼女の視線を追った。そして――凍った。
 エドワードが目を開けてこちらを見ていた。
「咲良……その娘は?」
 首にナイフを突きつけられているとわかっているのかいないのか、ぼそりと彼女が一言、問いかけてくる。
 慌てて莉子ががばりと起き上がり、咲良が空を抱いた手を引っ込める。
「いや、これは違う……というか、あの、状況――」
 わかってる? と聞き掛けて、それが愚問だったことをすぐに知った。
 突きつけられたナイフをものともせずに立ち上がると、エドワードは自分を拘束している男の足を、下駄で思い切り踏みつけた。悲鳴を上げる男の手を逃れ、だが次の瞬間には激怒した男がナイフを振り下ろす。だがエドワードは慌てず騒がず顔の前に両手をかざし、ナイフはロープだけを切り裂いた。それからは水を得た魚のごとく、しなやかに伸びたエドワードの足が男の腹部を抉る。その手から落ちたナイフを拾い上げて、彼女は楽しげに微笑んだ。
「さて、死にたいのはどいつだ?」
 咲良、莉子を始め、全ての者がその笑みの前に動きを止めた――かに見えた。
 止まった時間を引き裂いたのは、銃声だった。ちょうど莉子達とエドワードの間あたり、その地面が抉れて煙が立ち上っている。ふと上を見ると、欄干から銃を構えている者がいた。
「まずい、いくらなんでも銃が相手じゃ――」
「……ううん、大丈夫」
 青ざめて飛び出しかけた咲良を、だが莉子が制する。その直後、もう一発の銃声が工場内に響き渡ると、上でゴトン、と派手な音がした。
 それと同時に、制服警官が十数人、ばらばらと工場の中に飛び込んでくる。
「警察だ! 大人しくしろ!」
 その先頭で、スーツにホルスターをつけた青年が、銃を構えたままで叫んだ。
 そしてその言葉が、この事件の終わりを告げたのである。



「色々ありがとう、竜造寺。助かった。怪我させてごめんな」
「大丈夫、こんなの怪我のうちじゃないよ。でも散々な夏祭りになっちゃったよね」
 はぁ〜と息を吐いて莉子が肩をすくめる。
「まぁ祭は秋にもあるし、また行けばいいじゃないですか」
 穏やかな声を挟んだのは、さっき銃を撃ったスーツの青年だった。彼が莉子の知り合いだという刑事らしい。さきほど見たときは刑事ドラマの主人公のようだったが、こうして見ると普通の、いやどちらかと言えば気弱そうな青年だ。
「そうね。そうだ、良かったら次のお祭り、一緒に行こうよ姫野君」
「え? あ、うん……」
「次はもうこんな無茶しないで下さいね」
 歯切れの悪い咲良の返事、そして困ったような刑事の声を聞いて、莉子はふう、と息を吐くと、腰に手を当てにこりと笑った。
「そのときは佐藤さんも一緒に来るんですよ。Wデートなら、姫野君の彼女もヤキモチ妬かないよね?」
「だ、Wデート!?」
「だから、彼女じゃ……!」
「……別に、妬いてなどいない」
 うろたえる面々を余所に、一人話はまとまったとばかりに莉子はうんうんと頷いた。
「じゃあ、約束ね!」
 結局、最初から最後まで彼女のペースにはまりっぱなしで、咲良は苦笑しながらも、差しだされた手を握ったのだった。