【まさか!の事件簿×IN BLOOM2で夏祭り! 中】



「ゆ、誘拐?」
 物騒な言葉が暗い河原に響く。
 花火が終わり、ぞろぞろと帰途に着く人々が見えるが、会場から離れているため喧騒は遠い。
 暗いために顔色までは分からないが、声と様子に動揺はありありと現れていて、莉子は慌てて息を吸った。
「だから、そうと決まったわけじゃないったら」
「あ……うん。確かに、黙って誘拐されるような人じゃないし……」
「そうなの? でもどんな達人だって多人数相手じゃどうしようもないことあるよ」
 いったん落ち着きを取り戻したように見えたが、そう言うとまた少年――咲良はうろたえ出した。それを見て失言だったと嘆息する。冷静に物事を考えることは苦手そうだ。
「ありがとう。俺、やっぱり探してみる」
 それを裏付けるような言葉に、莉子は溜め息を押し殺して今にも飛び出して行きそうな咲良の腕を再度掴んだ。
「ちょっと待って。走って車を追い掛ける気なの?」
「向こうにチャリあるから」
「変わらないわよ」
 呆れた声を出すと、咲良はむっとしたようにこちらの手を振り払おうとした。だが莉子は手を離さないまま、少し強い調子で言葉を続けた。
「心配なのはわかるけど、どこに行ったかもわからない車をチャリで追うなんて無謀よ。警察に言った方がいいわ」
 それから手を離して、巾着の中を探り、携帯を取り出す。だが、今度は咲良が携帯を持つ莉子の手を掴んで止めた。
「いや、警察沙汰は困る」
「なんでよ。何かやましいことでもあるの?」
「そうじゃないよ。でも、騒ぎにしたくないんだ」
 莉子は怪訝な顔をしたが、咲良はそれ以上のことは口にしなかった。なんとなく、聞いても答えてくれないような雰囲気だったので、莉子も問い詰めるのは諦める。今会ったばかりの人から根掘り葉掘り聞き出せるとも思えない。
「じゃあ、私の知り合いの刑事さんに相談するっていうのは?」
 そう提案すると、それでも咲良は渋る様子を見せたが、比較的すぐに頷いてきたのはそんな暇がないことくらいは分かっているからだろう。
「わかった。頼む」
 返事を聞いて、莉子はすぐに用意していた番号を押した。幸いすぐに繋がったので、手短に用件を話して電話を切る。
「もうすぐ仕事終わるから、そしたらすぐ来てくれるって」
「ありがとう。……でも俺、やっぱりじっとしてられない」
 言われなくとも、電話をしている間中焦れたような様子が滲みでていたからわかる。今時珍しいくらい、素直に顔に出るタイプだ。そんな咲良を見て、莉子はくすっとわらった。
「誰がじっとしてろなんて言ったのよ」
 え、と咲良が戸惑った声を上げるのに構わず、莉子はすたすたと彼の横を通り過ぎ、祭りの会場の方に足を向けた。
「手掛かりを探してみましょう」
「でも……もう祭り終わっちゃったし。手掛かりなんてどうやって探せばいいのか」
「それでも、どこに向かったかわからない車をやみくもに追うよりずっと可能性があるわ。君が私という目撃者に出会ったようにね。違う?」
 反論は返ってこない。代わりに、後ろからついてくる足音を聞いて、莉子は満足げに歩みを速めた。
 といって、手掛かりを得られる自信があったわけではない。ただ闇雲に飛び出したところでどうなるものではない、というのは確実だ。とりあえず、まだ残って片付けている人達に手当たり次第に聞いてみようとしたところで、だがふと莉子は足を止めた。
 改めて河原を見下ろす。遅れて帰途につく浴衣の女の子達、片付けをしている夜店の人々、余韻に浸るカップル、そんな中で明らかに浮いている者が一人、目に留まる。
「君、なかなか運がいいわね」
「え?」
 急に足を止めたこちらを怪訝そうに窺う咲良に構わず、莉子は走り出した。
 前述したような人々の間を、きょろきょろと見回しながら歩いている、私服の女が一人いる。彼女に狙いをつけて堤防を駆けおりると、迷わず莉子は彼女に声をかけた。
「ねえ、誰か捜してるの?」
 弾かれたように振り向いた女性は、大体二十歳くらいだろうか。ブラウスに膝丈のスカートと綺麗目の私服は、祭りに遊びに来たようには見えない。祭は済んだが片付けがまだのため、周囲は明るく、彼女が脅えたような表情をしているのもよくわかった。
「もしかして、捜してるのは白い車に乗った男達――とか?」
 まわりくどいことをしている暇はない。単刀直入にかまをかけると、彼女は突然身を翻した。逃げる気だと悟ってとっさに手をつかもうとするが、莉子がやるより先に咲良がそうしていた。
「何か知っているなら教えてくれ。頼む」
「は、離して!」
 女が大声を出したので一瞬咲良は怯んだが、それで手を離すことはしなかった。周囲から刺さる視線に、莉子が「痴話げんかですので」と適当なフォローを入れる。
「そいつらに連れがさらわれたかもしれないんだ。頼む。大事な人なんだ」
 懇願する咲良の表情があまりに必死だったからか――女性は抵抗をやめると、改めて莉子と咲良の方を見た。そして、小さく溜め息をついてから、諦めたように口を開く。
「……ごめんなさい。あなたの大事な人をさらったの、私の大事な人かもしれない」
 ともすれば聞き逃しそうなほど、消え入りそうな小さな声で、女はそう呟いた。