24.拒絶の理由



 しばらく沈黙が続いた。互いに言葉を探っているような状況で、目を合わせることもできなかった。
「聞いてた……よな」
「聞こえてしまったんだ」
 気まずさに耐えきれず、視線を落としたままで問いかけると、至極当然の返答がかえってきた。そりゃ、あんだけ叫んでれば当然だよな。キッチンにいる母さんはともかく、エドワードの部屋はすぐ向かいなのだ。
「入ってもいいか?」
 聞かれていたと分かって余計気まずくなるが、エドワードは黙り込む俺に構わずそんなことを聞いてきた。
 別の意味で慌てる。
 布団は敷きっぱだし、服は脱ぎっぱだし、控え目に言っても散らかっている。見られて困るようなものは出してないにしても、女の子を招くような部屋ではない。
「ちょ、ちょっと待って。片付ける」
「そのままで構わない」
 いや、エドワードが構わなくても俺が構う。
 けれど俺が慌てている間にエドワードは部屋に入ってしまっていた。とにかく電気をつけようと紐を掴むと、それを遮るようにエドワードの手が重なる。
 暗い部屋で手が触れている、それだけで鼓動が早まる。
 でも、もしこの手にもう触れることができなくなったら。そう思うだけで、簡単に早まる鼓動は凍りついてしまう。
 例えこの先にどんな障害があっても、人並みの未来がなくても、傍にいられないことに比べたらちっぽけなことにしか思えない。違う人を選べば絶対の幸せが保証されているのだとしても、俺はきっとそれを幸せだとは思えない。
 そう思うのは、馬鹿なことなんだろうか。
「俺は、傍にいられればそれで構わない」
 そんな言葉が零れていた。けれど触れている手を掴もうとすると、逃げるように離れていく。
「ありがとう。だが、君の傍にいるのは私でない方がいい」
 どんなに厳しい現実より、どんなに辛辣な罵倒よりも遥かに痛い言葉を向けて、エドワードが薄闇の中で微笑む。
「……姉ちゃんのせいか?」
「違う。むしろ楓さんには感謝している」
「あんなこと言われて? 俺は――」
「本来、旧友と私など秤に掛けるまでもない。君と同じで人が好い」
 客観的に見ればそうかもしれないが、当事者なのにそんな風に考えるエドワードの方が俺に言わせれば余程人がいいと思うけど。
 エドワードが、さっき離した手を再び伸ばす。けれど、その指先は途中で止まった。笑顔がもどかしげに歪んで、それから彼女は俺の横を通り過ぎて窓辺から暗い空を見上げた。
「この国は本当に豊かで平和だ。それを知れば知る程、私はここでも異端なのだと知る。……血まみれで傷だらけの私は、君の綺麗な手には相応しくないだろう」
 もし、それが俺を突き放す理由なら――納得できない。
 嫌いになったと言われたなら、感情では納得できなくても頭では理解する。
 でもきっと諦めることはできない。弱いから駄目なら強くなる。頼りないから駄目なら、頼れるように、やっぱり強くなるよう努力する。その他にも、駄目なところがあるなら直す。けど、そんな理由じゃ、俺は一体どうしたらいいんだ。
「……なら、俺も手を汚せばいいのか? そうすれば傍にいられるなら、そうする」
「馬鹿なことを言うな」
「俺は本気だ!」
 呆れたような声が神経を逆撫でして、思わず叫んでしまっていた。それでもエドワードは振り向きもせず、俺に取り合ってもくれなかった。
「君には無理だ」
 一言そう言われてぐっと言葉に詰まる。確かに現実的ではなかった。でも引っ込みがつかなくて、感情に任せた言葉を吐きだす。
「それならせめて、あんたと同じだけの傷を負う」
 咄嗟にペン立てからカッターを引き抜いていた。やっとエドワードが振り向いて表情を変える。
「やめろ!!」
 エドワードが血相を変えて、俺の手からカッターを叩き落とす。――その瞬間。
 突然すさまじい光がほとばしり、薄暗い部屋中を塗り変えた。