4.当然の誤解



 母さんは口に合うものだけでいいって言ったけど、それが通じていなかったのか、それとも気を遣ったのか、エドワードは出されたものは全部食べた。俺が向こうで食べてたものを考えると、そんな極端に味覚や食文化に違いはないと思うけど、さすがに和食は未知の領域だろう。未知のものを口にするのって結構勇気がいると思うのだが。
 それなのに、ためらうような素振りも見せずエドワードは綺麗に全て食べ終えると、俺達を真似して手を合わせた。しかし、何をしていても惚れぼれするほど絵になる。と思っていたら、母さんも姉ちゃんも感じ入ったようにエドワードを見ていた。やっぱり高貴な人っていうのは、言わなくても端々にそれが表れているなと思う瞬間である。
 そんな風にまじまじと見る俺達に気付いて、エドワードは少し驚いたような顔をした。それを見て母さんと姉ちゃんも慌てて視線を外す。なんだか気まずい空気を感じていると、エドワードは俺に声を掛けてきた。
「頼みがある、咲良。伝えて欲しいことがあるんだ」
 そんな申し出に俺が頷くと、幾分かほっとしたようにエドワードが先を続ける。
「美味しかった。それに、楽しかった」
 きっと無理してるんじゃないと、伝えたいんだと思うけど。何か、俺にはその言葉自体が無理をしているように感じた。だって俺達が何を話しているのかわからないのに、どうやったらそれを楽しめるんだろう。そもそも、みんな何を言っていいかわからず、全体的に静かな食事だったし。
 俺が腑に落ちない顔をしていたからだろうか、エドワードは少し迷った素振りを見せたが、さらに言葉を付け足した。
「こんな温かな食事は久々だ。戦が激しくなり、兄上が逝ってから家族で食卓を囲むこともなかった。……だから嬉しい」
 エドワードは本当に嬉しそうだったけど、それを聞いたら俺は少し悲しくなった。だって戦が終わった今、いつかは家族とテーブルを囲む未来もあったかもしれないのに。でも俺がその可能性を潰してしまった。
「咲良。何て言ってるの?」
 俺とエドワードが話しているのを見て、姉ちゃんが声をかけてくる。聞かれたので、俺は聞いたままを伝えた。
「美味しかったって。それから、あんまり家族と食事したことないから、嬉しいって」
 俺の言葉を聞いて、母さんと姉ちゃんが眉を潜める。
「そうなの? どうして?」
「えっと……エドワードは母さんと兄さんを亡くしているんだ。それに、戦争が激しくなってそんな暇なかったんだって」
 俺の答に、母さんも姉ちゃんも絶句する。急に場が暗くなった。
「そんな戦争ばっかりのところで、よくアンタ生きてられたね」
 重くなった空気を払うために、わざとだろう。姉ちゃんが軽い調子で茶々を入れる。でも、そんな言い方をするってことは少しは俺の言ってること、信用してくれてるんだろうか。
「それはエドワードが助けてくれたからだよ。そうじゃなかったら多分死んでた」
 そう答えると、また母さんが長いため息を吐いた。
「冗談でもそういうこというのやめてくれる? ……ううん、あなた冗談も下手だもんね。だとしたら、エドワードさんにはお礼を言わないといけないのね」
 箸を置いて、母さんが夕食の後片付けを始める。エドワードが手伝おうとして手を伸ばしたが、母さんはそれを止めると俺を見た。
「とにかく着替えていらっしゃい。お風呂の使い方、わからないなら教えてあげて、とりあえずあなたの服を貸してあげなさい」
 いやいやいやいや。そこで俺は大事なことを言い忘れているのにやっと気がついた。
「いや、あの……、みんな勘違いしてるみたいだけど、その……、エドワード、男じゃないから。女の子だから」
 はた、と母さんと姉ちゃんが、片付けものの手を止める。そして、たっぷり十秒くらい過ぎてから。

「……なぁぁんでそういう大事なことを先に言わない、バカサクッ!!!」

 姉ちゃんの怒声とビンタが同時に飛んで、俺は食卓の椅子から吹っ飛んだ。

「咲……」
「なんだ、女の子だったのねー。じゃあ、私の着替え貸してあげるね。あ、私楓っていうの。よろしくね! あっでも下着も要るよねー。とりあえずコンビニで買ってくるけどサイズいくつ?」
 エドワードの心配そうな声は、姉ちゃんのマシンガントークに掻き消された。ちなみにそれは俺が聞いてはいけない内容な気がしたが、どっち道言葉のわからないエドワードには答えようがない。姉ちゃんもそれに気がついたのか、ぐるりと首を俺に向けた。
「いくつだろう?」
「お、俺が知るわけないだろ馬鹿!」
「知ってたらブチ殺そうと思っただけよ馬鹿」
 ついうっかり取り繕うのを忘れた俺は、もう一発ビンタを食らう羽目になり、「姉ちゃんよりはでかい」という言葉を必死に飲み込んだのだった。