「これだけは覚えておいて。今更私がこんなことを言えた義理じゃないことはわかってるけど、それでもどうしても、知っておいて欲しいの。私は――あなたに幸せになって欲しい。それだけが、今の私の願いなの」
遠く未開の大地の聖域で、巫女は祈り続ける。
自らの罪を悔い、その罪を贖うことがまた罪を呼んだ過去を、ただ祈ることで詫びながら。
ただ幸せを願い続け、永劫の時を過ごす。
だけど絶望はしない。
「汝、愛によって救われんことを」
唇に載せた祝詞は金の輝きに溶け、そしてそれによって彼女は救われ続ける。
古代人の証である赤い瞳。現代において恐らくただ一人それを持った小さな存在は、全てを受け止め、世界を救った。
意図的に生みだされたことを知らないままに――だけど、そんな真実などきっと必要ない。
“彼”を選んだのは、ただ魔力の性質が古代のそれと近かった、それだけの理由だったけれど。
「でも、私も後悔していないの……ディラルド。例えどれだけ許されない罪だったとしても」
決して伝えることのできない思いは、懺悔となって遠くの空へと溶けていく。だけどそれでいい――
いつか全ての力が絶えて、自分も朽ち行くときが来て、彼の元へと逝ける日が来るまで。それがいったい何千年先になったとしても、彼女はそれを夢見ながら祈り続ける。犯した罪に震える日は、それだけ彼を近くに感じられるから。だから絶望はしない。
「エスティくん。あなたが救った世界で、どうか愛する者と幸せに」
「ねえ、お空が金色だよ!」
散歩からの帰り、不意にそんなことを言って空を差した娘の指を追い、エスティは空を見上げた。
「おお、見事な夕焼けだな」
「きらきら、綺麗」
抱き上げて肩車をすると、娘は歓声を上げた。銀色の髪も黄昏に溶け、金に輝いている。
「……イリュア」
「え?」
「ん、あ、いや。なんかふと思い出して」
疑問の声を上げたのは、妻だった。それは彼女も知っている名前だが、彼女も自分もその名の主については深く知らない。
ただ、金の髪と金の目をした、不思議な女性だったことだけ。そして、彼女が遠い聖域で世界を見守っていることだけ知っている。
「不思議な人だったな」
そんな言葉を零すラルフィリエルに曖昧な笑みを返す。
不思議な人だった。不思議な温かさを持つ人だった。それ以上のことを知る術などないまま、これからもきっと会うこともない。
それでも、胸に残る温かさに包まれながら、肩の上ではしゃぐ娘の温もりに目を伏せ、妻の肩を抱いて家路につく。
黄昏はやがて暮れ、宵が腕を広げて世界を包み、そして暁を迎え、蒼天の下、世界は優しく繰り返す。
その世界では沢山の出会いと別れがあり、その世界には沢山の想いが交錯し、ときに争いを呼び、ときに憎しみを生み、だがそこには必ず愛が在り、そして救いとなる。
だがそれはまた、別の物語として語られていくだろう。