「あー……面倒なことは嫌なのに〜」
緊張感の無いヒューバートの嘆きが横で聞こえる。よくもまあ、そんな冷静でいられるもんだとエスティは半眼で呻いた。自分ですら、叫びそうになったというのに。
「お前の神経、疑うよ」
悪態をつきながら、目の前の光景に剣を抜く。
叫び声を聞いて駆けつけたエスティらを待ち受けていたのは、おぞましい獣の群れだった。それもただの獣ではない――手当たり次第に数々の獣をぶち込んだような、
冷静なのはおよそヒューバートだけで、他の騎士達は圧倒されているようだった。さすがにそれで逃げ出したり腰を抜かしたりするものはいなかったが、混乱しかかっているようだ。裏通りなので人気がないのは幸いしたが、とすると叫び声をあげたのはもしかすると騎士の誰かかもしれない。
「おい、ボンヤリするなよ! とっととこの通りを封鎖しろ! 向こう側もだ!! 一般市民を1人も巻き込むな、ここに近づけるな!!」
突如耳元で良く通る声が鳴り響き、エスティはびくりとそちらを振り仰いだ。エスティだけではない、シレアと、リューンさえも驚いたような顔をしていた。指示を飛ばしたのはヒューバートである――先ほどまでとは別人のような声だった。
「あんたらもボサっとするなよ〜。騒ぎにしたくないんだろ? 怪我人死人は出さないでよ〜」
「出してたまるか!」
元の間延びした声に戻ったヒューバートに叫び返し、エスティは剣を構えると飛び出した。
指示があれば、さすがに騎士達の動きは迅速だった。
「ヒューバート! 魔法は使うな、使わせるな! 近くにエインシェンティアがある――魔力干渉を起こしたくない!!」
「ヒューでいいよ〜。よくわかんないけど〜、とりあえず魔法は使うなって〜!」
肩口に噛み付かんと飛びついてきた獣を薙ぎながら、ヒューバートが軽く言う。聞こえてるのかとエスティは危惧したが、魔法を使おうとする者は誰もいなかった。とりあえずは安堵して、エスティも1匹獣を切り伏せると、シレアの安否を気遣って仲間を振り仰いだ。
リューンにしても、獣に精神魔法は通じないし、魔法も使うことはできない。感知できるエインシェンティアの気配は非常に不安定で、今は些細な魔力干渉でも起こしたくはなかった――リューンもそれは解っているだろう。
だが、振り向いてエスティは別のことに――それもかなり重大なことに気付いた。
(――数が多すぎる!!)
ヒューバートの剣の腕は並ではないし、騎士達も健闘しているが、 剣のみによる個々激破には限界がある――
エスティが焦りを覚えて冷や汗を流した一瞬。――その横を通り抜けた獣が、シレアに向かって牙を向いた。
「しまっ……!」
エスティが追随する前に、リューンの声がスペルを詠んだ。
『
「リューン!?」
「リューン? 今のは……」
周囲の獣を切り伏せながら、彼の方を見ると、その手には剣があった。だがなんとも不安定に揺らめく、物質でないような剣。
「自分に精神魔法をかけて、剣を具現した。うまくいくかどうかわかんなかったけどね!」
シレアを庇って剣を振る彼を、エスティが呆れたように見遣る。
「強烈な自己暗示ってやつか? 無茶苦茶だ」
「ほら、ぼーっとするなよ〜」
エスティに後ろから飛び掛ろうとしていた獣を、他の獣を切り伏せる片手間にヒューバートが後ろ回し蹴りで仕留める。
「キリがないな〜。こいつらいつまで沸いて出るんだろう?」
「――近くにエインシェンティアがある。それに関係してるのは確かだが、数が多すぎて身動きが取れない……ッ!!」
1匹1匹はそれほど脅威ではないが、際限なく空間を埋め尽くす
「うーん、魔法が使えればね〜。もうひとつ、何か決定打が欲しいね〜」
相変わらずヒューバートの声には緊張感もなく、あれだけ動き回っているのに息ひとつ乱れていないのだが、それでも突破口を開くのは難しいらしかった。
今はまだ騒ぎも拡大していないし、騎士達にも余裕が見られる。だがそれも時間の問題だ――
焦燥するエスティのすぐ横で――
突破口を、と念じるエスティの願いを天が聞き入れたように、一気に獣が吹きとんだ。
誰かが魔法を使ったのか――と思ったがスペル詠唱の声も魔法干渉もなく、ただ大剣が振り回されただけと気付いたのは、その中央に立つ人物を見てから。
「相変わらず、兄ちゃんの周りは騒がしいな!!」
突如現れた大男は、そういうとにかっと笑った。