外伝3 暁に消える 17


 草原には何もない。
 ユーヴィルという少女がいたという証はもうない。この草原だけでなく、もうどこにもない。

「救済など、ない――」

 エスティは自分の声をひどく客観的に聞いていた。それはかつて、この世界を創造した神が口にした言葉。
 世界を創った神がそう言うのならば、それがこの世界の真理なのかもしれない。そんな妙な納得をしていたエスティだったが、ふわりと体を包む暖かな体温に我に返った。
「ラルフィ……」
 自分を抱きしめる、小さく華奢な体に触れて、力なくエスティはその存在を呼んだ。
「誰かを救えるのは、その誰かだけ。そう私に言った人がいた。――ユーヴィルが救われたと言ったなら、彼女は救われた。救済は、貴方が決める形が全てじゃない」
「……だけど、オレは――」
 望んだのはこんな結果じゃない。
 言いかけてエスティは小さく首を横に振った。
 誰かを救う力など持っていないことなど、既に知っている。
「そうだな……お前を消さなかったことだって、お前を救ったわけじゃないんだ。オレが救われただけ。オレがそれで、自分の気持ちを納得させたかっただけだった」
「……うん」
 エスティの言葉を、ラルフィリエルは肯定した。
 あの瞬間、ラルフィリエルは心から消滅を願っていた。それが何よりの救済だった。あのとき消してくれても、ラルフィリエルはエスティに感謝しただろう。だが――
「でも、私を消さなかったことで貴方が救われているのなら、それは私にとっての救いだ」
 静かに、だけど力強く、ラルフィリエルは言葉を紡ぐ。
「神とか、絶対たる存在による絶対たる救済なんてない。でも、そんなものがなくても、人は些細なことから救いを得ることができる――」
「ラルフィリエル……?」
 その言葉に、なんとはなくもう1人の――神としての"ラルフィリエル"の存在を感じて、エスティはラルフィリエルの瞳を見つめた。一瞬、そのオーシャングリーンの瞳がアメジストに輝いた気がした。――錯覚かもしれないが。
「貴方が立ち上がることで救われる人が、たくさんいる。私も、お兄ちゃんも、そしてきっとユーヴィルも」
 フラックスの髪を揺らし、ラルフィリエルは懸命に微笑みかけた。
 自分の言葉が、少しでも彼の救いになるように。ただそれだけを願って。
 それが解ったから、エスティもどうにか微笑んだ。泣き笑いのような情けない顔だったろう、それでも――
「ありがとう。オレはきっと、お前が幸せなら――」

 きっと、立ち上がれるだろう。

 そんな、世界から見ればちっぽけなことが自分の答えであるように、人はちっぽけなことを糧に生きているから。救済を与えるような存在になどなってはいけないのだ。――きっと。

 だから、立ち上がる。振り向くと、仲間たちがほっとしたようにこちらを見つめていて、エスティは彼らに精一杯の笑顔を見せた。
 それを見て、だがイリュアは1人、笑顔を消した。そして、神妙な顔で進み出て、告げる。
「エスティくん。……大事な話があるの」