――死んでは駄目だ。そんなことは……オレが許さない。
ラルフィリエルの意識を、闇から引き戻したのは、そんな言葉だった。
それ自体は幻聴だろうが、同じ言葉を言われたことがある。それもまた、この地だった。
「ラルフィリエル!!」
同じ声が、自分を呼んでいる――だがそれは幻聴などではなく、崩れ落ちた自分を支える腕の体温が体に伝わるのを、確かにラルフィリエルは感じていた。
「シェラ!!」
同時に感じるもうひとつの気配にも気付く。それは目など開かなくとも例え意識などなくても、その存在を感じられる人だ。
「エス――、お兄、ちゃん」
小さく、呼ぶ。だが、それらに混じってはげしい憎悪もまた、すぐ傍から伝わってきた。
「邪魔よ。貴方に用はないの。――それに、この娘はカオスロード、ラルフィリエルよ」
殺気に、思わずラルフィリエルは目を開けた。その言葉で、殺気が向けられた相手を察したからだ。慌てて身体を起こすと、危惧した通り、ユーヴィルがリューンに向けて今まさに力を放とうとしているところであった。
「お兄ちゃん!」
ラルフィリエルが叫び、エスティもまた、僅かに身を固くする。だが、
『
反射的にシレアが張ったシールドによって、リューンに向けられた力はその大幅が相殺された。全てを防ぎきったわけではないが、シレアのシールドを通り抜けた攻撃もまた、リューン自身によって防がれた。
「……どんな呼び名があっても、彼女はぼくの妹だ」
エスティとラルフィリエルの前に進み出たリューンが穏やかにそう言うと、ユーヴィルは幼い顔に不釣合いな、憤怒の形相を表した。
「貴方に用はないって、言ってるでしょ!?」
彼女の
「!」
「シレア!!」
不意を突かれて、全くの無防備となったシレアに、キメラが
「くッ」
ラルフィリエルが気がかりではあったのだが、リューンはシレアの方へと走った。イリュアは同時に複数の合成獣を消し去ってはいるが、発生を止めることまではできていない。時間差で生み出される獣に、イリュアの力は瞬く間に追いつかなくなり、リューンは剣を具現させるとシレアを庇うように、その獣の漆黒の胴を薙いだ。
「――まずいわ」
剣を振るう隣で、緊迫したイリュアの声が聞こえて、キメラを退けながらリューンは彼女の方を振り仰いだ。
「イリュア?」
「不安定な力がキメラを生み出し、それが更に制御に支障をきたしている。このままじゃ――」
力を使い続けることで憔悴したイリュアの顔に、冷や汗が伝っている。
「暴発、するっていうこと?」
2人に加勢する為に印を切っていたシレアが、押し殺した声を上げる。ゆっくり頷いたイリュアに、過去の悪夢を思い出してリューンは思わず右目を押さえていた。
「エス――」
そして、それを止めるたったひとつの術を持つ彼を、注視した。
「もう止めるんだ、ユーヴィル」
できる限り穏やかな声で、エスティは目の前の少女に語りかけた。
力を放出し続けている彼女は、ランドエバーで見たときのように薄い靄のようなものに包まれている。その向こうに見える姿は、心なしか薄らいでいた。実際のところ、これほど力を使い続けていれば、姿を具現することも苦しいのだろう。
だがユーヴィルはエスティの声には応じなかった。
「止めろ、ユーヴィル。このままじゃ暴発する」
握り締めた手には汗をかいていたが、危惧を表情には出さず、もう一度静かにエスティは言った。それでも、やはりユーヴィルに力を収める素振りは見受けられない。
「……貴方に、私を消して貰うつもりだった。だけど、それも悪くないわ。暴発すれば私も消えて、その女も殺してやれる」
緩慢に伸びたユーヴィルの手が、ラルフィリエルを掴もうとしているのに気付いたときには、エスティはついに叫び声を上げていた。
「止めろ!!」
ユーヴィルの動きを阻むように、エスティがラルフィリエルを引き寄せる。その瞬間、ユーヴィルは酷く傷付いたような表情をした。
「なんで庇うの? その女は、たくさん人を殺したじゃない!! なのに、なんでその子を助けて、私は助けてくれなかったの……!?」
ユーヴィルの怒号に、エスティは再び叫びかけた。だが後半彼女の声に涙が混じると、何も言えないまま、エスティは開きかけた口を閉じた。ようやく、彼も気付いたのだ。ユーヴィルがラルフィリエルに向ける憎悪の大半は、彼女への羨望だった――。