公主の城だというのに、警備は思ったよりもずっと手薄だった。
やや拍子抜けしながら、薄暗い回廊を気配を殺して歩く。だがその必要もないくらいに、警備の兵と出くわすこともない。
罠にはまっているのではないかと訝しくすらなるが、今夜の決行は急なものだ。ブレイズベルク公主がいかに切れ物だとしても、そこまで察知することは不可能の筈である。レジスタンスのメンバーにすら今回のことは知らされていないのだから。
「あたしたちだけで行うことだし、伝達することで漏洩したら洒落にならない。内通者がいないとも言い切れないしね」
その日の内に出立することを宣言した後にリアはそう言った。
――何もかも急だな――
口には出さなかったが、リア達に対してもそんな思いは禁じ得ない。
違和感はずっとあった。最初にリアに会ったとき――あの、空気が変わった瞬間から。
だけど、ガルスの話と、フィセアの表情でなんとなく予想がついたから、問いつめはしなかった。
――この城に囚われているのが誰なのか――
だがそのときふと気配を感じて、アルフェスは歩みを止めた。
(誰か来る――)
思わず剣の柄に手をかける。
チャリ、と僅かに剣が鳴った。いつでも抜ける――しかし、一瞬で倒せる相手ならそれでいいが、そうでなければ終わりだ。悠長に打ち合っている暇もないし、そもそも打ち合えばさすがにその音で兵が集まってくるだろう。
頭に叩き込んである城の見取り図からすれば、地下牢はこの先だ。時間は惜しかったが、一度退いてやり過した方が賢明のように思える。
城の警備兵が少ないということは、とんでもない腕利きの剣士がいることが考えられた。そんな者と出会うことは御免被りたい。
しかし、アルフェスが決断を下す前に、呆気なく気配は消える。
(……?)
やや拍子抜けして前方を見据えるが、緊張は解けない。おびき出すための罠かもしれないのだ。
だがそれを恐れてここに止まる訳にもいかない――
剣に手をかけたまま、再びアルフェスは歩き出した。
暗い回廊を、ミルディンはひた走っていた。
窓から降り立った先は中庭で、高い城壁を越えて外に脱出するのはとても無理だった。
しかもロープ代わりのシーツは寸足らずで、着地で足を捻ってしまい、既に走るのも辛い。それでも、もう部屋を抜けたことがばれてしまっているかも、と思うと出口を探して走るよりなかった。
やっぱり無謀だったかも、と後悔しそうになるが、そんなことをしても詮無いこと。
大人しく助けを待つことも考えなかったわけではない。
アトラスの口ぶりでは、自分を人質にランドエバーを意のままにしようという魂胆に思えた。
一見粗暴だが、自分がランドエバー王家最後の生き残りであること、元老院が王家に絶対の忠誠を誓っていることを考えれば有効な手段だと言えるだろう。だがそうなれば、元老院とてどうにか自分を救出しようとするはずだ。
しかしそのようなことは公主も予想済みだろう。その上で計画を実行したのであれば奪い返されない自信があるのだろうし、最悪公主の気が変われば殺されてしまうかもしれない。
ならば彼が油断をしている今のうちに逃げることが、一番安全な道に思えたのだ。
痛む足を引きずりながらそれでも走る彼女の耳に、だが僅かな物音が聞こえる。
(――――!!)
それは、気のせいかと思えるほど小さな音だったが、思わず彼女は足を止めた。
恐ろしいほどの静寂。
警備の兵がいないのは、自分が軟禁されている棟に集中してるからだと思っていたが、実はもう既に自分の逃走など知られてしまっているのではないか。
そんな考えが頭を過ぎると、この暗がりの向こうに大勢の兵が待ち構えているような気がして――慌ててミルディンは身を翻し、元来た道を駆けた。