ラルフィリエルにエスコートされ、謁見の間の玉座に腰を降ろすとすぐに、ギィ、と扉が開く音が響く。身を硬くしたことに気付いたのか、ラルフィリエルがそっと耳打ちしてきた。
「重臣や数名の騎士が列席します。そのうちの誰かでしょう。揃うまでは始まりませんよ」
彼女を振り仰ぐとにこ、と笑った。彼女とこんな風に打ち解ける日が来たことも不思議だ。だが、もうその笑顔にカオスロードの面影を見つけることはできない。先の戦で名を馳せた無敗将軍カオスロードはもういないのだと、そう思えた。だから――
例え夫となる者がどんな人であろうと、そんな風にいつかは許し、解り合い、受け入れられる日が来るだろう。
彼女に笑顔を返して、扉の方を見ると、現れたのはラルフィリエルの言うとおり、騎士のひとりだった。
「近衛隊副隊長ヒューバート・ヴァルフレイ、参りました」
玉座の手前で跪き、頭を垂れる一連の動作は優雅なものだったが、目が合うと茶髪の騎士は茶目っ気たっぷりにウィンクした。
「綺麗ですよ、姫。相手もきっと一発で惚れますよ」
小声でジョークを言う彼に、ほんの少し頬を染める。
「ヒューったら」
笑いながら、ヒューバートはミルディンの傍らに移動した。だが、その場所に、ミルディンが少し怪訝な顔をする。彼が控えた位置、ミルディンから見て左の段下は、近衛隊長――即ち、アルフェスのいるべき場所だ。
彼女の言わんとすることにすぐにヒューバートも気付き、慌ててその場を飛び退る。
「あー、すみません! ホラ、隊長の代理が長くて。間違えちゃいましたっ」
思わず叫び声をあげた彼に、既に控えていた元老院の重臣達から冷ややかな視線が送られる。剣呑になった空気を払うように、咳払いをして入室してきたのは、レゼクトラ卿とエレフォだ。
「前親衛隊長エレフォ・レゼクトラ、参りました」
ヒューバートを軽く睨みながら、エレフォが挨拶をする。そんな彼女に、ヒューバートが「ごめん」という表情とジェスチャーを送る。
「さて……そろそろですかな」
そんな彼らを尻目にあげたレゼクトラ卿の言葉に、だがミルディンは今度こそ怪訝な顔をした。
主要な面々が揃い踏みする中、一人姿が見当たらない者がいる――
「あの、レゼクトラ卿。……レーシェル近衛隊長の姿が見えないようですけれど?」
すぐ傍に控える卿に、戸惑い勝ちに小声で問いかけるのだが、
「そのうち参られるでしょう」
真意のよくわからない押し殺した声でそう返されただけだった。それもまた、不自然なことである。元々アルフェスを異常な程毛嫌いしていた卿である――先の戦、聖戦と呼ばれるあの一件依頼、あからさまな敵意を見せることはなくなったものの、この公式の場に遅刻などしては、激怒してもおかしくないはずだ。
そもそも、あの真面目なアルフェスが公式の場に遅刻するということ自体、おかしな話ではあるが。
「――レーシェル近衛隊長といば、姫様。先のブレイズベルクの一件では、彼は実に良い働きをしましたな」
「え、ええ……?」
唐突にそんな話を振られる。もう時間だと言っておきながら、そんなこの場とは関係ない話を語りだすレゼクトラ卿に違和感を感じながらも、曖昧に頷くと、さらに卿は話を続けた。
「そのことで、彼に褒美を取らせようと、エレフォが言いましてな。この国一番の宝を彼に取らせようと、先日彼には私めから話を通させて頂きましたが。どうですかな、姫様」
ギィ……。
扉が開く音を耳にしながら――だが、レゼクトラ卿の言葉を理解できずに、身じろぎする。
「宝……? そんなもの――」
この国にあったかしら。
そんなことを考えながら顔を上げると、よく見慣れた顔が視界に入った。
「姫様の、婚約者です」
何気なく言ったレゼクトラ卿の言葉が脳に届くには、かなりの時間がかかった。
だがその言葉を昇華すると同時に、この謁見の間に来てから起こった全ての不可解なことが、全て繋がって――
「え……?」
呆けた声を上げて、呆然と見つめられて。
騎士は、少し困ったような顔で真っ直ぐにこちらを見つめると、よく知った名を名乗った。
「ランドエバー聖近衛騎士隊総隊長、アルフェス・レーシェル……参りました」
それが、後のランドエバーの民ならば誰もが知っている、英雄譚の顛末となる。