現れたその人物が、纏う軍服と紡いだ言葉に、一瞬彼は混乱しかけた。
闇に映える瞳と髪の色も、記憶しているものとは違ったけれど。
だがそれだけで見紛う筈はなく――
「ラルフィリエル!」
そしてミルディンの呼んだ名が、全てを肯定した。
「エレフォ前隊長が大変な騒ぎだった。静養の為に一線を退いたのにこれでは意味がないと私が馳せ参じた訳だが、早く連れて戻らないと首にされそうだ」
ラルフィリエル――かつて"
「ラルフィリエル……もしかして親衛隊に?」
拾った言葉と纏う軍服からから想像できる可能性をアルフェスが口にすると、
「無駄口をしてる暇はない、アルフェス。半刻でケリをつけろ。これ以上姫を待たせたら、お前もエレフォ隊長に殺されるぞ」
問いかけには応えずに、辛辣な言葉が返って来る。だがアルフェスは笑みすら浮かべて剣を構えなおした。
「半刻でも殺される。その半分で充分だ!」
言い放ち、駆ける。
もう、後ろを気にする必要はない。
『貴き神の御使いッ!!』
『安寧の夜に堕つ者!!』
光放つアルフェスの白銀の剣と、光を弾かない青年の漆黒の剣が交差し、その合間にスペルが飛び交う。夜というこの時間に圧倒的有利であるはずの闇の精霊魔法を、だが夜すら飲み込む光が裂く。
「貴様……ッ! 何者だ!!」
勝利しか知らぬ青年の、感情のない顔に初めて動揺が走る。
迷いの無い剣を振りかざして、騎士は応える。
「アルフェス。≪
掌握したいくつもの国から押収した、調度品の数々。財宝。秘宝。贅を尽くした自室の、だが無残に割れたガラス張りの陳列棚を、その部屋の主は無感慨に見つめていた。
「アトラス様!」
外が騒がしい。夜が明けてから、ずっと。
「アトラス様! レジスタンスの攻撃によって、軍に乱れが――」
「ランドエバーに攻め入った隊は、ほぼ壊滅状態――」
「スティンよりランドエバーに援軍あり――」
その全ての意味が理解できない。
「キリ。キリを呼べッ!!」
全て彼が何とかしてくれる筈だった。
「――キリ――――!!」」
彼が、全てを与えてくれる筈だった。
この国に、絶対の忠誠を誓っている、強大な力を持つ一族の末裔である彼が。
小国に甘んじる父を討ったあの瞬間に、全てを手にする筈だった。
――なのに、全てを失ったようで途方に暮れたあのときに。
(道を外していたとしても、全てはあなたの望むがままに)
だからすべてを彼に縋った。
(この国に尽くす為に生きてきた。だから全てはあなたの望むがままに)
彼が、導いてくれる筈だった。ただこの国の為に生きている彼が。
(それが私である証だから)
誰もが生きることに理由を持たねば自分を保てない戦乱の世に、戦を望むことでまた失うことに気付かないまま。
また、ひとつの国が朽ちてゆく。