フェイクフラワーに水をあげよう 1.
窓を打つ雨の粒が、物寂しい音色を奏でる夜。少女の好きな月明かりの夜は、すっかりご無沙汰になっている。
(あなたの瞳は、とても綺麗な月明かりの夜(ムーンライト・ブルー)ね)
大好きな家族が、皆そう言って髪を撫でてくれる。少女の髪も瞳も、この国ではさして珍しいものではなく、母も父も同じ色をしていた。だが、彼女の瞳は一等美しい夜なのだと、誰も口を揃えて賞賛した。たとえそれが、少女の機嫌をとるためのおべっかにすぎなかったとしても、成功していればそれで良い。それが少女の自慢であり、だから彼女は月明かりの夜が好きだ。
だけど、そんな優しい夜は、もう少女には訪れない。
(戦が始まる)
ここ数日、止まない雨と同じ様に、父の口からは厳しい表情と硬い声が止まない。
優しい夜も優しい日々も、久しく少女に訪れない。
憂いと呼ぶには幼すぎるが、それに似たものを纏って、少女が窓から目を離したのは、騒々しい足音が向かってきたから。
バァン、と激しい音と共に、凄まじい形相をした使用人が、部屋へとびこんできた。
同時に、同じ部屋にいた、家族の表情も一変した。少女にも感じ取れる異変が、部屋を支配する。
「たった今、王が帝国に降伏されました……! 一刻も早く、お嬢様を」
状況を理解できないほどに、少女は幼くもなかったし、また愚かでもなかった。
だが命の危険を、差し迫って考えさせられるには、若すぎたし、戦を知らなすぎた。
深刻な表情をした父が、がっしりと少女の両肩を掴む。少女もまた真剣な目をしていたが、大丈夫だと心のどこかでは思っていた。
「いいか、すぐに王弟殿下が迎えに来て下さる筈だ。お母様と一緒に、ここで……」
だが父の言葉は半ばで止まった。
その理由は、少女にも簡単にわかった。
雨のしぶきのようなものが、父の肩越しにとんできたからだ。
(雨――?)
否、しかしそれは赤く暖かい。
驚愕の表情をした父が振り向いた先に、ぐらりと倒れこむ使用人の姿が見えて、その後ろに――
「何故!? 早すぎるわ……! まさか、お父様――!!」
真っ青になった母が、強く手を引いた。
「裏切ったのか……!」
父のかすれた声が、惨劇の幕開けだった。
(やめて)
形容するのもおぞましい惨劇と赤の視界に、だが少女に聞こえていたのはもの寂しい雨の旋律だけ。
優しい夜は、もう来ない。
「――――シレア――――!!!」