シレアとミラの七夕(encientia番外編:2006年掲載)
――カタン。軽い音を立てて部屋の窓を開くと、気持ちのいい風がフェアブロンドを揺らした。
――バタン!!
丁度そのとき、騒々しい音を立てて、自室の扉が開け放たれる。
「ミラー!!」
軽快な声を上げて駆け込んできた少女は見慣れた顔だったが、その手に抱くものは見慣れないもの。
「シレア。……どうしたの? それ、なぁに?」
少女の手の中で揺れる緑は、草、否、木であろうか。どちらにしろ初めて見る植物だ。
「これはねぇー、ササっていうんだよ!」
「ササ?」
シレアが口にしたその植物の名前であろうものを鸚鵡返しに口にする。満面の笑みで頷きながら、シレアが笹を床に降ろす。
「異国の行事なんだけどね〜。今夜、願い事を書いてこのササに吊るすと願いが叶うんだって! ステキじゃない?」
はしゃいだ声を上げるシレアに、ミルディンも微笑みを浮かべた。
「そうなの? なんだか気前のいい行事なのね」
興味ありげに笹の前にしゃがみこむ。それを見てシレアは満足気に笑いながら、ごそごそとポケットをまさぐった。
「じゃーん!」
その手には長方形の色のついた紙が数枚握られている。
「タンザクって言うんだよ! これに願い事を書くの。ね、一緒に書こ?」
微笑みをそのままにミルディンは頷くと、机に向かってペンを2本取り出した。そのうちの一本をシレアに手渡すと、2人して机に向かう。
「何書こう。ねえ、ミラのお願いってなぁにー?」
「そうね。やっぱり……この国、ううん、世界が平和でありますように、かな?」
いいつつ、言葉どおりの事をサラサラと短冊に綺麗な字でしたためるミルディンに――だが、シレアは「う」と変な声を漏らした。
「ミラがそんなこと書いたら、あたし自分の書き辛いよぉ。超自分だけの我儘なお願いだもん。あたしのは」
「まあ、どんなお願いかしら?」
突如ミルディンはその笑みを悪戯っぽいものに変えると、慌てて隠そうとするシレアの手を掻い潜ってその長方形の色紙を奪い取る。
そこに並んだシレアの可愛らしい字を読んで――クスリ、とミルディンは笑った。
「……じゃあ、世界が平和に、は皆のお願いってことにして。わたしも、もう一枚書こうかな」
自分のお願い、と呟いて、再びミルディンがペンを走らせる。
良く似た2人のお願いは、揃って笹に吊るされると、開け放しの窓に飾られた。
「……ねぇ、どうして今夜なのかしら?」
並んで笹を見上げながら、ふとミルディンが素朴な疑問を口にする。
視線は笹に注がれたままで、シレアは得意げに語りだした。
「なんかね、伝説があるんだって。……この時期って、一年のうちで一番星が綺麗に見えるでしょ。まるで川みたいに」
「うん」
「その星の川のあっちがわとこっちがわには、恋人同士のお姫様と王子様がいるんだって。そのお姫様達は、普段は川に阻まれて会えないけれど、毎年一度だけ、会うのを許されるの。それが今夜なんだって。だから、一年ぶりに会えて幸せな二人が願いを叶えてくれるのよ、きっと」
ムーンライトブルーの瞳をキラキラ輝かせてシレアが語る。
「そうなの……ロマンチックな伝説ね」
陽がおちて、既に外は薄暗い。そろそろ一番星が輝くころか。
「でも、だったら……わたしたちの願い、きっと贅沢ね。怒って叶えてくれないかもしれないわ」
あ、とシレアが小さく息を漏らす。
風が、笹の葉と短冊を揺らし、宙にくるくる躍らせる。
だけど、シレアはすぐに微笑みを戻した。
「ううん。きっと大丈夫。だって、好きな人と一緒にいられる幸せと喜びを、誰より知ってる筈だもの。だからきっと――叶えてくれるよ」
いつの時代も、どこの世界でも、乙女達の願いはきっと同じ。
――いつまでもずっと、大好きな人と一緒にいられますように。