3.黄昏(たそが)る大地へ――

 ――消去せよ。

 頭に渦巻き続ける声。

 ――消去せよ。

 わかっている、と叫んだところで声にはならず、そして届かない。

 ――消去せよ。

 頭痛と吐き気と悪寒と。

 拒否することは許されない。
 選択など求められない。

 ――消去せよ。至高にして究極のエインシェンティアを――

 力の洪水と、押し流される自分と。
 抗えない運命と。

 朦朧と混濁する意識――そして、それを引きずり上げる力。


「――ッ!!!」
 ガバリ、とエスティは飛び起きた。荒い息に肩が上下する。嫌な汗がじっとりと体にまとわりつく。
 不快な夢を見た。
 だが、眠りが妨げられたのは、そんなことが理由ではない。
(なんなんだ……!? これは!)
 外はまだ闇に沈んでおり、エスティは胸の中だけで叫んだ。
 ――とてつもない、力の集束。
 あらゆる魔道の力が、精霊が、ものすごい速度で一箇所に集中している。

 ある場所へ――

 急いでベッドを飛び下り、ジャケットを羽織るのももどかしく、彼は隣の部屋へ駆けた。
「おい、リューン! 起きろ!」
 扉を叩こうと腕を振り上げ、だがその拳が扉を打つ前にそれは開いた。
「起きてるよ。こんな凄い目覚ましが鳴ってるのに、寝てられるわけないでしょ?」
 肩にかかる髪を払いながら、リューンが冗談めかしたことを鋭い瞳で言う。もちろんその顔は少しも笑ってなどいない。
「どうやら明日まで悠長に休んでる時間はないようだな」
 闖入した声に振り向くと、示し合わせたようにアルフェスとミルディンがこちらに向かって歩いてきていた。
「君たちにもわかるの? ……この力の集束が」
 魔道の流れや精霊など、本来は目には見えないものだ。だから学者の説によっては、精霊の存在を否定し、魔法を科学的に解明するものもある。エスティやリューンにそれを感知することができるのは、力の強いエインシェンティアをその身に宿しているからであり、不思議に思ってリューンは尋ねた。
「ラトが教えてくれるんです。この力の異常を、視せてくれます。これだけの精霊を、こんなに広範囲から集めることができるなんて」
 少し青ざめながら、ミルディンが答える。
「僕には光の精霊の動きしかわからないから、きっと君たちのようにはわからないけど。でも異常を感じるには充分だ。こんなこと、今までなかった」
「光……か」
 アルフェスの答えに、エスティは少し怪訝な顔をした。
 “(よりしろ)”であるミルディンでさえ、直接その身に宿しているわけではない故に、自分では力を視る事はできないのだ。彼の光の強さは少し常人離れしすぎている気がする――もちろん今はそんなことを追及している場合ではないので、ひとまずそのことは頭の隅に追いやるが。
「おいおい、こんな真夜中に何の密談だ?」
 丁度そんなとき、大欠伸をしながら、向かいの部屋からのっそりとルオが顔を覗かせた。半分以上寝惚けながらもしっかりと剣を手放していないのは、さすがである。さらに奥の部屋からも扉の開く音が聞こえ、寝巻きにガウンを羽織った姿でシレアがこちらに近づいてきた。
「ねぇ、何かあったの?」
 不安げに問いかけてくる彼女に、だが答えを返すものはいない。返さないのではなく、返せないのだ。何が起こっているのかなど誰にもわからなかった。
「……恐ろしく広範囲から精霊を集めて、古代人並みの力を放っているものがいる。それだけは確かだ。そして、そんな芸当ができる現代人はまずいないだろうな」
「エインシェンティア?」
 シレアの言葉に、エスティは深紅の瞳を細めた。
「断定はできない。だが――」
 間違いないのではないか。この、震えさえ来るような強い力。
 恐るべく強大な、“禁忌の”力。

 ――行くべきときが、来たのか――

 目を伏せ、決断する。アルフェスの言うとおり、悠長にしている時間はなかった。このような力の乱れを放置すれば――エインシェンティアに干渉しかねない。
「……今すぐ、出立する。ラティンステル大陸、セルティ帝国へ」
 そう言い放つ彼を含めた、この場に集った六人全員の顔に緊張が走った。