1.大陸と都市

 この世界には4つの大陸がある。その大陸の中に、それぞれ様々な国があるわけだが、中でも最も広大な大陸――ラティンステル大陸は、セルティ帝国によって完全に占領されてしまった。
 瞬く間に大陸を掌握したセルティは、勢いを止めることなく、隣の大陸、リルステルにも侵攻を開始している。
 そのリルステル大陸であるが、ラティンステルに劣らぬ広大な面積の半分以上を軍事大国ランドエバーが、残りの面積の半分をスティン王国が占め、その他はいくつか小さな国や自治都市が栄えている。これらの国は、およそ百五十年もの間、互いに不可侵という条約を護り続けてきた。それもその筈で、軍事力で名を轟かし、領土を広げてきたランドエバー王国に他の国が逆らえる筈もなかったのである。
 またそのランドエバー王国も、昔でこそ戦に明け暮れ領土獲得のための侵略を続けていたが、先々代ランドエバー王が和平を重んじ侵略の意思を持たなかった為、その後はランドエバーの軍事力も専ら自衛に行使されてきた。
 そのためリルステルには長きに渡って平和の時が続いてきたのである――セルティがその魔の手を伸ばすまで。
 スティン王国は、セルティの宣戦布告を受けて降伏し、ランドエバーは首都を陥とされて尚、抵抗を続けているが未だ厳しい状況にある。周りで大国が次々に崩されて行く中、自治都市群の住民は不安を募らせていた――

「ここがレグラス。川向こうがレアノルト。共におよそ百五十年前、ランドエバーから分離し独立した自治都市群だ」
 地図を見ながらエスティが説明したが、シレアはボードの上で「ふーん」とさして興味のない様な返事をしただけだった。
 そんな彼女の態度にエスティはむっとした様だったが、
「こんな辺境の街にまで、何しにくるんだろうね……セルティは」
 リューンの呟きに、いくつか口の中で用意していた言葉を飲み込む。
「考えるまでもないさ。可能性はひとつだ」
 普段の彼にはあまり見られない神妙な表情で、エスティが吐き捨てる。
(エインシェンティア)
 胸の中だけで、シレアは呟いた。なんだか、声に出してはいけないような気がしたのだ。考えるだけでこんなにも気が重くなるのだから、声に出したらきっとやりきれない。
「ね、ねえ」
 場を和まそうと、シレアが何か言いかけた、そのときだった。

『野に根付く緑の者よ!我が手の中で刃と成さん!!』

 すぐ側でたどたどしくスペルを詠みあげる高い声が聞こえ、同時に刃と化した木々の葉がエスティ達を襲う!!
「なッ!?」
 突然の出来事に、エスティの表情に焦りが走った――が、魔法は彼らに届く前にはその効果を失った。
「……はぁ、びっくりした。リューン、シールドサンキュー」
「え? ぼくじゃないよ」
 魔法が届かなかったのはリューンがシールドスペルを詠んだからだ、と解したエスティは礼を述べたが、リューンはびっくりしたようにかぶりを振った。
「じゃあ、シレア?」
 だが、彼女もぶんぶんと首を横に振る。よく考えてみれば、シールドスペルを読む声など聞こえてはこなかった。
「エスじゃないの??」
 反対に彼女に問い返されて、だがエスティはさも当然、という風に答えを返した。
「だって、リューンがすると思ったし」
 視線を向けられて、リューンが慌てる。
「ぼくも、エスがしてくれるだろうと思って」
 二人の視線が、同時にシレアに注がれる。
「わ、わたしだって! エスもお兄ちゃんもいるんだし、なんとかなるだろーと思って!」
 幾分狼狽してシレアが応える。沈黙。
 気まずい思いで三人はじっとお互いを見つめ――そして目を逸らした。
「問題アリ、だな」
 目にしみる青空をしみじみと見上げながら、エスティが嘆息する。
「……それよりさ。じゃあ、なんで魔法は届かなかったの?ていうかそもそも今の魔法のことはいいの??」
「あっ」
 リューンの一言でエスティとシレアが跳ね上がったのと、真後ろでガサっという音がしたのとはほぼ同時だった。
「まさかっ」
 勢いづいて振り返り、音がした方をびしっと指差してエスティが叫ぶ。
『セルティ軍ッ!!』
 彼の声に、ハイトーンの声――さっきのスペルの声だ――が、重なる。怪訝な表情で、エスティが何となく視線を下げていくと――
 ブラウンの髪をポニーテールにした、髪と同じ色の瞳の幼い少女が、エスティと同じポーズで彼を指差していた。
「セララ!」
 エスティ達が咄嗟のことで何も言えずにいるうちに、別の声がさらに後ろから上がる。程なくして、少女の体がひょい、と浮き上がった。それが、彼女が抱き上げられたからだと気付いたのは、エスティの彼女を差した指先がその動きにつられて上にあがり、もうひとりの女を指差す形になってからだ。
 セミロングの髪も瞳も少女と同じブラウン。年の頃は、エスティよりも少し上くらいか。抱き上げられて、セララと呼ばれた少女は暴れた。
「離してよ、お姉ちゃん! セルティ軍を、やっつけてやるんだからっ」
「セ、セルティ軍?!」
 女性の表情に恐怖が走り、恐る恐るこちらを見上げてくる。
 そんな彼女に苦笑しながら、エスティは否定するようにひらひらと手を振った。
「違うよ。オレはただの、旅のトレジャーハンター」
「そのトモダチ」
「その妹」
 エスティの言葉に続き、リューンとシレアがにっこり笑った。