10.勝算

 陽の光が眩しい。
 皮肉なくらいよく晴れた、暖かくのどかな日。
 聞こえてくるのは、小鳥の囀りでも子供のはしゃぐ声でもなく、戦の喧騒だというのに――うららかな日差しに目を細める。
 その目にうつる仲間の姿は、昨日よりも少ない。
 ラルフィリエルとイリュアのテレポートスペルで、このラティンステル大陸、セルティ帝国の帝都まで飛び、そしてそこから自分達とは逆――まさに死と混沌渦巻く戦場へと身を馳せた者達がいるからだ。
 一人はルオ。スティン軍は昨日最終の隊が出撃を終えた。だが敢えて残り、ここから戦場へと向かうリスクを負ってまでラルフィリエルとの戦いを果たした彼には、もう心残りはなく。いつものように豪快に笑いながら、剣をかついで走ってゆくその背は、彼がこの戦を生き抜くと確信させる強さに満ちていた。凄腕の傭兵として現れた彼は、強さの象徴そのもののようだった。
 そして、予想していた通り、アルフェスもまた戦場へと向かった。昨日までとはまるで別人のように、澄み切ったアイスグリーンの瞳には一分の迷いも隙もなく――彼が“ランドエバーの守護神”その人なのだと、改めて思わせるほどのプレッシャーすら感じた。
「……よかったの? 王女」
 簡潔に互いの無事だけを祈って、戦場へ向かう彼らを見送った後にイリュアが問うと、だがミルディンは力強い頷きを見せた。
「はい。わたしが行っても足手まといになるだけ。それよりは、ここに残ってできることがしたいのです」
 彼女の瞳は今日の空を写したかのようなセルリアンブルーで、曇りなどない。
 それは、この場にいる者――リューン、シレア、そしてラルフィリエルにしても同じことだったが。
「それにしても、静かだな」
 戦場――ラティンステル大陸に広々と横たわるステップが、その場となっている筈だ――そこから逆に歩を進めた彼らは、既に帝都を抜け、セルティ城を目前としていた。
 直接城にとべなかったのは、ガルヴァリエルの力が支配していたためであるのに、そのぎりぎりの位置に到着してからここまで、あまりにも静か過ぎる。いくら兵が戦で出払っているといっても、ここまで静かなのはおかしいだろう。
 警戒を含んだエスティの言葉に、イリュアも首を捻った。
「そうね……もしかしたら、既にガルヴァリエルの結界の中なのかも」
 手の中にロッドを出現させて、ぽつりと言う。
「結界? なんの為に?」
 答えを出せないままセルティ城まで辿りつき、だがそこで先導していたラルフィリエルは歩みを止めた。
「――進めない」
 手の平を前方の空間に押し当てるようにし、ラルフィリエル。それは見えない壁に触れているかのようだったが、実際には見えない壁もないようだった。何の感触もないが、だがそこから先には進めないという妙な感覚に、エスティが眉間に皺を寄せる。
「城で待つとか決着をつけようとか言ってた割に、随分な歓迎だな?」
 誰にでもなく皮肉を言った瞬間に、イリュアは弾かれたように顔を上げた。
「……そういうことね」
 ガルヴァリエルの思惑が読めたかのような台詞を口にし、唇は笑みを模ったのだが彼女の金色の瞳は厳しい。どういうことだとエスティが聞くまでもなく、吐き捨てるようにイリュアは続けた。
「やってくれるわ、ガルヴァリエル。――エスティくん、私はこの結界を解くわ。多分解かないと進めないし私にしか解けない」
「それはわかったけど。やってくれる、っていうのはどういうことだ?」
「この結界を解くだけで、私は力のほとんどを使うわ」
 固い声でイリュアが告げる。その言葉に、エスティがはっとし、流石に他の面々にもわかったのだろう。神妙な面持ちになる。
「彼は本当に決着をつけるつもりね。その為に、まず私の力を削ぐつもりよ。用意周到なことだわ。万のセルティ兵をぶつけられるよりやっかいよ」
 溜め息をつきながらイリュアがロッドをかざす。
「思い通りになるのは癪だけど、時間がないわ」
 言いながら、既に膨大な力が彼女へ密集してゆく。
 純粋に力だけなら、エスティやラルフィリエルにもあるのだが、ガルヴァリエルの張った結界の力を正しく解し、それを紐解けるだけの知識を二人は持たない。また、力だけで強引に打ち解くことは困難だし、危険だとも言えた。
 これが最も最良の選択。だからこそ、ガルヴァリエルも仕掛けた。
(本気で、決着をつけるつもりか)
 そこまで彼を固執させるのは、やはりラルフィリエルなのか。
 現代における言語ではないスペルをイリュアが紡ぎ始める。それが遠くで聞こえる程に、エスティはただひたすら、勝つための筋書きを組み上げる。
 恐らくはガルヴァリエルもそうだろう。
 だが、それが勝算にもなる。