ストレンジツインズ 兄妹と逆襲の双子 15


 視界も、頭の中も、全てが光に侵食されたように真っ白だ。
 その白い光の洪水に、双子は押し流されていってしまった。そして自分の意識さえ押し流されそうなのを、ティラはすんでのところでどうにか保っていた。
「……兄さ……ん」
 唇が僅かに震えるが、声は自分のものではないように低く掠れていた。
 魔力も、体力も、思考する力も、自分で解るくらいにどんどん失われていく。まるで自分の内側から、光と一緒に流れていくように。
 ――強い力を、求めた。誰にも利用されず、大事なものを自分で守れるほどの。だけど、これはそんなものじゃない。
 記憶までもが流れて行きそうになる。けれどそれだけは手放せない。
「お兄ちゃん……、お――」
 自由にならない手を伸ばす。そうすれば、光より眩ゆい銀の髪に届きそうで。幻でも良かった。幻でも見えるなら、まだ戦えそうだったから。
 多分、自分は間違ったことをした。その自覚はある。これは罰なのだとも思う。それでも死ぬわけにはいかない。
 ずっと一緒だという、約束を守るために。


「――ティラァァァ!」
 中心に近づくにつれて、光は強さを増し、目を灼いて視界を奪う。それでもリゼルは走った。
 一刻も早くティラを探し出して止めないと、ティラが危ない。そう言って行かせてくれたサーラ自身もフリートも、このままでは多勢に無勢だ。
「誰も死なせない! 死なせてたまるか!」
 掠めていく光が、そのうち力になって肌を裂く。さっきの戦闘で受けた傷と、そこから流れる血は確実に気力と体力を奪い、見つからない焦燥がそれに拍車をかける。だがそのいずれもを吹き飛ばすように、リゼルは叫ぶと走り続けた。
 だが、ふと声が聞こえて立ち止まる。
「……ティラ?」
 確かに、酷く掠れてはいたが、お兄ちゃんと呼ぶ声が聞こえた。立ち止まって呼吸を整え、冷静になって周囲を注意深く見回す。目を灼かれそうな光に耐えながら目を凝らすと、ぼんやりとだが人影が見えた。そちらに向けて、一目散に走りだす。
「ティラ!」
 光に抱かれるようにして、ティラが浮いていた。その瞳は固く閉じられていたが、手は何かを掴もうとするように伸びている。
「ティラ! 俺だ! 迎えにきたから目を開けろッ!」
 その手に手を伸ばすが、すんでのところで届かない。さらにそれを妨害するように光が吹き荒れ、ティラの体を運んでいこうとする。慌てて追おうとすれば、光が力となって襲いかかってくる。
「くそッ」
 手をこまねいている場合ではない。リゼルは刀を抜くと、光を振り払うように刃を立てた。半ば自棄の行動ではあったが、刃が仄かに輝いて、光を払う。
「――母上」
 まるで母が力を貸してくれているようで、心強かった。そのまま刀を振りまわして光を遠ざけ、再びティラへと近づく。
「ティラ――」
「……にいさん」
 もう一度叫ぶと、うっすらとではあったが、ティラは目を開けた。そして酷くか細い声で、呼ぶ。
「兄さん、ごめんなさ――」
「ティラ、ごめん! ほんとごめん!」
「……どうして兄さんが謝るの?」
 ほとんど表情はなかったが、ティラのすっかり掠れた声は憂いと疑問を含んでいた。そして、小さく彼女は頭を振る。
「ごめんなさい……、力がコントロールできなくて……、眠いの……。でも、死にたくない……、帰りたい……」
「帰ろう! もう離れたりしないから、約束するから! 俺が絶対守る!」
「……お兄ちゃん……」
 ほんのわずかだがティラの手が伸び、リゼルは刀を捨てるとその手を強く掴んだ。そして引きよせて抱きしめる。
「ティラは死んだりしない……! 力に負けたりしない! やればできる! ティラはやればできる子だって、俺知ってるから!」
「……滅茶苦茶、言わないでよ……」

 にいさんの、ばか。

 そんな呟きと共に、光はティラへと収束して行った。

■ □ ■ □ ■

「……本当にどうにかしてしまうとはね。さすがは、ってところか?」
 光とキメラが消えうせ、黒髪の男が僅かな驚きを零す。その足元で剣先を突きつけられながらも、フリートはくくっと笑った。
「だから言っただろう。道理など通じんと」
 男の剣を持つ手に力が伝わる。そちらに視線を返すと、フリートが剣を素手で掴んでいた。
「くっ」
 刃を手に食い込ませながらも彼が剣を押し上げ、その力に男がバランスを崩す。転びそうになって、男は咄嗟に剣から手を放した。フリートが起き上がり、奪い取った剣を男に突き付ける。
「こっちもまだ終わっていないぞ」
「ふん」
 キメラの猛攻が止んだことで余裕ができたサーラも、満身創痍ながらこちらに向かって魔法を放とうと構えている。それを見て、男は鼻で笑った。そしてさっと手を振るとフリートの手から剣が消える。
「形勢逆転にはなってないと思うけど?」
 そして青年がその手をまた一振りすると、その周囲の空気がぶれて剣を生み出す。キメラはあらかた消えたものの、まだ数匹は残っており、そして術士たちの攻撃も止んではいない。
「……万事休す、か」
 呟きながらもサーラは手を翳し、フリートが構える。誰が見ても、サーラ達の劣勢は明らかだった。だが。
「ぐえっ!」
 突如周囲から巻き起こったそんな悲鳴に、サーラとフリートが思わずそちらを振り返る。するとその視線の先で、次から次へと詠唱を行っていた人影が倒れ伏していった。
「な、何だ……?」
 エレメンターだけでなく、キメラも。呟くサーラの目の前で、キメラが一匹、腹に突きを入れられて塵になった。
「……嘘だ。素手でキメラを……」
「仕方ないだろう。馬鹿息子が私の刀を持って行ってしまったんだ」
 呆然と呻くサーラに、今まさに後ろから飛びかかろうとしていたキメラを鮮やかな回し蹴りで仕留めて、女がそんなことを言う。
 そう、女だった。結わえたアッシュブロンドを躍らせて、キメラと術士達を素手で殲滅してしまったのは、たった一人の女性だったのである。そして彼女が何者なのか、その言葉でサーラにも察しがつく。
 確かに、化け物だった。
 その彼女はキメラを殴りつけながらリゼルの傍まで歩いて行き、そして落ちていた刀を拾うと、涼やかな顔で黒髪の男に向けてそれを突きつけた。

「大陸連盟統制者レゼクトラ家現当主として、貴様に出頭を命ずる」



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