ストレンジツインズ 兄妹と逆襲の双子 10


「……前にティエラが言っていたことを憶えているか? 古代の力と現代の力のズレ。それが魔法衰退の最も有力な学説だ」
 やがていつもの落ち着きを取り戻したサーラは、そんな風に話を切り出した。そういえば最初にサーラに会ったとき、ティラとそんな話をしていなと、リゼルは頷いた。
「私が使う、使役の形式による魔法行使は、どちらかといえば古代の力に近い。……それを、一度だけティエラもやったことがある。あの双子が私とティエラを狙うなら、目的は古代の力だ」
「そんなもの、どうするつもりなんだ? 力なら、あの双子だって充分持ってる気がするけど」
「糧を捧げねば発動できない精霊魔法と古代魔法では力の桁が違う。古代の力の恐ろしさを、聞いたことくらいはあるだろう。その力によって古代文明そのものが滅び、現代でも残った力の片鱗で、この大陸の半分以上を吹き飛ばした」
 リゼルの疑問に、サーラが固い声で答える。その穏やかでない答えに、リゼルはいつになく青ざめた顔でもう一度問いかけた。
「――まさか、あの二人はそれをもう一度やるつもりだと?」
「大陸を吹き飛ばしたいのか、世界を滅ぼしたいのか、それとも征服したいのか。そんなことは私も知らん。……だが、そんな連中は何もあの双子だけじゃない。大陸連盟の設立によって、力があるものは迫害される傾向にある。そんな奴らは、誰もが一度は考えることだろう」
「……サーラさんも考えたの?」
 哀しそうな声に、サーラはリゼルの方を振り仰いだ。彼は実際に泣きだしそうなほど哀しそうな表情をしていて、呆れたようにサーラは息を吐きだした。
「そんな面倒なことするか。正義の味方を名乗るおめでたい奴に阻止されるのかと思うと余計面倒だ」
 そう言うとリゼルはほっとしたように笑い、サーラは彼から目を背けた。皮肉が通じてくれないどころかそれを喜ばれてしまっては、逆にこちらが恥ずかしくなる。咳払いして自分のペースを取り戻していると、だが再び聞こえてきたリゼルの声は、またどこか憂いを含んでいた。
「ねえ、サーラさん。サーラさんは陸連の設立は間違いだったと思う?」
 もう一度リゼルを振り返ると、彼は俯いていてその表情も碧眼も見ることはできなかった。サーラは少し考えるように宙をにらんでから、手近に積んであった木箱に腰を下ろす。
「……力の管理や統制は必要なことだ。戦に使われれば、それこそもっと多くの人が死ぬ。それが連盟の建前だろう」
「そう。でもそれは本来天秤にかけちゃいけないことだ」
「でも、誰もが幸せになる方法など存在しないし、それができる人間なんてものはもっと存在しない。そんなこと誰だって解っている。……私もな」
 自嘲めいた声と視線を、サーラもまた足元に落とした。
 例えば力を持つ一人が戦争に利用され多くを滅ぼしてしまうなら、その一人を滅ぼすべきだと誰もが口をそろえるだろう。――その一人以外は、だ。痛みは、痛みを感じるものにしか解らないものだ。解った気になったところで、自分や自分の大事なものが失われそうになったなら、人は簡単に掌を返す。それを悪と言ったところで仕方のないことだろう。誰だって自分の世界が大事だ。例え悪と言われようが。
「国や法律、それに準ずる組織は、個人の為に存在するものじゃない。個人に肩入れすれば均衡が崩れてしまう。頭では解っているんだ……」
「じゃあ、そうやって見捨てられた人は、どうやって幸せになればいいんだろう?」
「――自分の力で」
 地面から顔を上げ、サーラは噛みしめるように言葉を紡いだ。
「そもそも誰かに与えられて保証される幸せなどない。それを見失ってはいけない。……それでも、見捨てられて見失ってしまうときは」
 ふとそこで言葉を止めると、サーラは声と表情を和らげた。
「通りすがりの正義の味方とかに助けられたりすれば、また見つけられるんじゃないか」
 ようやく、青い瞳と視線が交わる。
 サーラも、今ようやく解った。陳腐なことばかりを言う、この奇特な人間のしたいことが。交わった視線の先で、その瞳が再び輝くのに内心では嬉しく思いつつも、表面ではため息をついて仏頂面に戻る。そんな自分が大概素直じゃないことは自覚していても、今更おいそれとは直せないものだ。
「さて、話がそれたな。……そう、連盟に追われたものは、私もそうだが――大抵この大陸に逃げ込む。ここはまだ新興国が多く、未開発で連盟の力も弱まるからだ。奇しくも、ここには手つかずの遺跡、眠った力が沢山遺されている。迫害された者がそれを手にしたとき考えることといえば、ひとつだろう。世界への復讐だ。現に、おかしな宗教団体がこの大陸では増えている」
「あの双子もその一員だと?」
「私はそう考えるのが妥当だと思う。双子の独断か、誰かの命令かは分からん。だが、『誰か』が『何か』を見つけた。その封印を破るために、古代の力が鍵になる。だとすれば――」
「ティラは、復讐の道具として使われようとしてるってことか」
「……そうだ」
 肯定され、ぎゅっとリゼルが刀を握り締める。――誰にどんな正当性のある理由を言われても、それだけは許せなかった。
「――自分を見失うなよ、リゼル。ティエラは、自分の為にお前に悪になって欲しいとは思っていない筈だ。せめて、お前は彼女にとっての正義の味方であるべきだろう」
 サーラの言葉に、ふっとリゼルから立ち上った殺気が消える。それからリゼルは項垂れた。
「ごめん、サーラさん。……駄目だな、俺」
「お前だけが正義の味方である必要はない。安心しろ、何度でも止めてやる。礼代わりだ。ただし、」
 ティエラが戻ってくるまでの間だけだ。
 そう念をおされて、リゼルは陰のない笑顔を浮かべた。



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