ストレンジツインズ 兄妹と逆襲の双子 8


 突如部屋に倒れ込んできた男のせいで、リゼルとサーラは足止めを食うことになった。酷い怪我をしていたし、リゼルが見覚えがあるというので放ってもおけず、今までリゼルが寝ていたベッドに運んでサーラが治癒をしている。
「サーラさん、大丈夫?」
 心配そうにリゼルが横でおろおろするのが、逆にサーラを苛々させる。
 そんな彼を見ていたら全快していそうにも見えるのだが、そんな程度の軽い負傷でないことは、治癒したサーラが一番解っている。そして、回復魔法を使えるのもサーラだけだ。結果、男を運ぶのも治癒するのも全てサーラがやった。だがそうして疲労した体に鞭打ち余計な消耗を食ったことを、誰に対して怒ればいいのか。リゼルに無理をさせなかったのも、見ず知らずとはいえ重症の人間を見過ごせなかったのも自分だ。自らやった以上怒るのは筋違いとわかっているが、わかっているから余計に苛立つ。
「……大丈夫だから、お前は少しじっとしていろ。そしていい加減、こいつが誰なのか思い出せ」
「うーん……それがどうしても思い出せないんだよねー。男の顔と名前ってどーも覚えられなくって」
 真剣にそんなことを言って首を捻るリゼルに、サーラは呆れを多分に含んだ冷たい視線を送った。八つ当たりも兼ねて、嫌味のひとつやふたつを言おうと口を開くが、それを遮って、小さいがはっきりとした声が二人の間を縫う。
「……フリートだ。ヴァニスの」
 まだサーラの治癒の光は消えていなかったが、そう口にして男が起き上がる。彼が口にした名前を聞いて、リゼルは「あー!」とすっきりしたように満面の笑みで叫んで男を指差した。だがすぐに笑顔は消え、指差したままリゼルの視線が冷える。
「……ムッツリ君。また俺のティラに手を出す気か?」
「ティエラに……? ロリコンか?」
「……」
 リゼルとサーラの謂われない言葉を受けて、フリートが一瞬沈黙する。だが、ため息だけでそれを流すと、鋭い視線をリゼルに投げた。
「ふざけている場合じゃない、リゼル。……ティエラが攫われた」
 フリートの報せに、リゼルの表情が変わる。サーラもまた、少なからぬ驚きに治癒の手を止めた。
「……なんであんたがティラといるんだ? ティラは陸連に保護を頼んだ筈だ」
 珍しく、半ば睨むようにしてリゼルが問いかけてくる。ふざけていないと、途端に冷たい印象になる美貌は、下手な答えを返せばすぐにでも斬りかかってきそうだった。だがフリートもいちいち怯まない。付き合いが深いわけではないが、初対面の時点でそういう男であることは知っている。
「ティエラは、お前に迷惑をかけないようにと、一度は帰るつもりでいた。だがやはり、途中でどうしてもお前の元に戻りたくなって、大陸連盟の馬車から逃げ出したそうだ。その場所がヴァニスで、追われているところをおれが助けた。その後、おれはイリヤ様にティエラをお前の元に送るよう命じられたんだ」
 フリートの説明に、リゼルの鋭い瞳が揺れる。ティラが引き返すなどとは考えていなかった。こうなったのは、自分の浅はかさが原因だ。それは解っていても。
「じゃあ、なんでここにティラがいない?」
「……二人組の術士に襲われ、守り切れなかった。逃げろと言ったが、ティエラは……逃げなかった。おれの責任だ、リゼル。殴るなり斬るなり好きにしろ」
 フリートの顔も口調も冗談ではなく、覚悟を決めた目だと解って、リゼルが言葉に詰まる。
「あいつらだな。傷が、魔法でできるものと似ていた。もしかしてとは思ったが」
 淡々とサーラが口を挟むと、リゼルはついにフリートを睨むのはやめ、唇を噛んで俯いた。フリートが悪いわけではない。これはただの八つ当たりだ。全ては、あのときティラと別れたのがいけなかったのである。
 ――どんなことをしてでも、守ると。幼い日に誓ったのに、それを守り通せなかったのは、自分だ。
「……俺とサーラさんで五分だったんだ。ティラを守りながらは無理だ。あんたのせいじゃない」
 深く長い息を吐いてから、リゼルが力無い声を吐きだす。それはサーラとフリートが顔をしかめるほど、か弱く情けない、彼らしくない声だった。
「だったら、そこにおれも加われば五分を越える。……斬らないなら、連れていってくれ。このままおめおめとはおれも帰れん」
「怪我人二人と、憔悴した術士で五分を越えるかは知らんがな」
 サーラが背もたれに体重を預け、ぎ、と椅子を鳴らしながら呆れ果てたように呟く。
「俺は――」
「解ってるだろう。行ってお前が死ねば、どの道ティエラは助けられん。そもそも、どこに行くつもりだ? 当てはあるのか?」
「でもサーラさんだってさっき」
「ティエラを探しに行くなら早い方がいいと思った。それなら、連盟の馬車を追えばいい。だが戦いに行くなら別だ。これだから男は短慮で嫌いだ。守ろうとして死ねれば満足か? 残された方の身にもなれ、阿呆!」
 次から次へと飛び出すサーラの罵倒に、男二人が気圧されて黙る。
「とにかく怪我人は寝ろ! お前もだリゼル!」
 視線を向けられて反射的にフリートがベッドへと体を戻し、リゼルが動きかければすかさず指差されて、はい、と返事をする。
「……その間に私が情報を集めておいてやる。あいつらが狙っていたのは私だった。私の代わりにティエラが攫われたのなら、私にも責任はあるからな」
 大人しくなった男達を見て満足げにサーラは息を吐くと、長い銀髪を後ろに払って仏頂面で呟き、返事を待たずに踵を返した。彼女が部屋を出てから、暫くは沈黙が続いたが。
「……お前の周りには気の強い女が多いな……」
「……いや、お互い様だと思うよ……」
 やがて、ぽつりとそんな呟きを交わしたのだった。



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