闇夜に、白刃が閃く。
夜を待って合成獣の発生地に向かったサーラの後を追い、リゼルもまた合成獣(と戦っていた。
夜の戦いなど不利なことしかない。それなのに夜を待つサーラの行為は、普通の冒険者ならまずしないことではあるのだが、人目につくのを嫌うサーラはだからこそあえて夜を選ぶ。
『探索(』
リゼルが刀を振るう隣で、サーラは手をかざして同じ呪文(を繰り返していた。合成獣(を撃退する傍ら、そんなサーラにリゼルが声をかける。
「ねえ、サーラさん、その魔法ってなんなの?」
問いかけながらも、隙は作らない。勿論自分の身を守るだけでなく、時折サーラに跳びかかろうとするのを防ぐのも忘れない。リゼルの刀に触れて、合成獣(達は次々と塵になって消えていく。そのため、サーラはほぼ無防備な状態で魔法に集中していたが、問われて一旦手を下ろした。
「なんなのっていうのは?」
「いや、俺が知ってる魔法の定義とだいぶ違う気がして……」
ふうん、とサーラの紫眼が面白そうに瞬く。その後でサーラはもう一度片手を持ち上げ、空に翳した。
『我が御名において命ず』
その手の平から迸った炎が、リゼルの刀を逃れた合成獣(数匹を塵へと返し、一旦猛攻が止む。だけどそれが一時凌ぎでしかないことはリゼルにとて解る。刀は抜いたままの彼に、サーラは短く告げた。
「少し場所を変える」
「あ、うん……」
サーラの言葉は問いとは関係ないことで、そのことに対しほんの僅か不満を滲ませながらもリゼルは頷いた。もちろん、それを見ずとも問いを素通りした自覚はあるから、移動しながらサーラは言葉を続けた。
「相変わらずいい腕だな。自分の作業に集中できて助かる」
「惚れた?」
「それはない」
ふざけた問いに冷めた目で即答し、だがため息をつきつつもサーラはリゼルを振り返った。めそめそと泣く様子が視界に入ってげんなりしながらも、だがさらに続いた彼女の言葉は、罵倒でも否定的なものでもなかった。
「お前が知っている魔法の定義を言ってみろ」
「へ?」
「問いに答えると言ったんだ。助かっているのは事実だから、礼代わりだ」
それが意外で、リゼルは泣くのをやめるとぽかんとした顔をサーラに向けた。その整った顔に涙の後はなかったから恐らくは嘘泣きだったのだろうが、間の抜けた声にサーラが答えると、リゼルはほんの少し笑った後、すぐにそれを消してうーんと首を捻った。
「ええと……、自己の魔力で精霊と意思の疎通を図り、印を切ることによって精霊を集め、呪文(によって具現化する?」
回答の途中で、合成獣(がリゼルの背後から爪を閃かせる。振り返りもせずに、リゼルが抜いたままの刀でそれを迎撃して、塵が風に流れる。そんなことは歯牙にもかけず、サーラはリゼルから視線を外して踵を返し、再び歩き出した。
「教科書をそのまま読んでいるような答だ」
「だって俺は魔法を使えないもん。主観では答えようがないよ」
「いや、意外と勤勉だと思っただけだ」
「意外って……、俺成績は悪くなかったよ」
「それが意外なんだ。ただの阿呆かと思っていた」
「……」
サーラの唇がまた一言の呪文(を紡ぎ、合成獣(を一匹塵に還す。ほめているのかけなしているのか解らないサーラの言葉に、リゼルは複雑な顔をした。だが魔法の光に照らし出されたサーラの表情が渋いのを見、やはりけなされているのだろうと唸りなが刀を振るった。見る間に合成獣(は数を増やしていく。
「……今お前が言ったのは、精霊魔法の定義だな。厳密に言えば、契約による精霊魔法の定義になる」
「契約?」
「契約は、力関係が精霊と同等か、それ以下だ。精霊に希う形で、精霊の了承を得て魔法を具現する。これは精霊とシンクロさえ行えれば、印と呪文(の模倣だけで行える」
「ええと、サーラさん。ちょっと待……」
「だけど、術者の力が精霊を凌駕する場合、精霊は恐れて契約に応じない。その場合、契約でなく精霊を使役することになる。古代ではそちらの方が一般的だったが、現代では使役による魔法の行使は行われなくなった。というより行えなくなった。魔法の衰退の要因は、精霊の減少や古代と現代の魔力の性質が変わったなど幾つもの学説があるがな」
「あの……」
刀を振るう手に迷いはなく、息も乱れていないながら、だがリゼルはなんとも情けない顔をしていた。サーラの説明は端々にわからない言葉があり、しかも早口で、戦いの片手間になどとても理解できない。そんなことは彼女にもわかっている筈なのに、説明をし直す気配は一切なかった。
「なんらかの理由で契約でも使役でも魔法が使えない場合、もうひとつ方法がある。それが禁呪だ。自分の生命を精霊に対価として差し出すことで具現を行う。あの子供達の魔法はそれだ。そして私の魔法は使役によって行使されている」
一息に述べたあと、あった、と小さくサーラが呟く。それにリゼルが反応する前に、サーラは手を翳していた。
『汝、虚無の海に眠れ。物質消去(』
翻したリゼルの刀が空を斬る。
サーラが何事か呪文を紡ぐと共に、合成獣(の群れは嘘のように掻き消えていた。狐につままれたような表情で納刀するリゼルに、サーラは腰に手を当てて、説明を締めくくる一言を紡いだ。
「あと、今のは精霊魔法じゃない」
「すみません。全っ然解らないんですが」
「丁寧な説明はしないと言ってあったはずだ。成績は悪くないんだろう?」
「天才じゃなくて、秀才タイプなんだよね」
「だったら後は自分なりに解釈するんだな。……それより、リゼル――」
急に閑散としてしまった夜中の草原は、もう風の音とそれが草を撫でる音しか聞こえなくなっている。その中に響くサーラの透明な声が何を言いかけたのかが気になったが、それよりも無視できない異質な気配の方が強制的にリゼルを動かしていた。
「サーラさんっ!」
『高き天に住まいし太陽の王よ! 我が魂を供物に、その力を我が前に示せ!』
朗々と読み上げられる呪文(とリゼルの叫び声か重なる。反射的にサーラが手を翳し、
『我が御名において命ず!』
そのサーラの前に飛び出したリゼルの目の前で、閃光が弾けた。