ストレンジツインズ 兄妹と逆襲の双子 1


「お産まれになりました! 女の子ですよ」

 扉が開く音と共に飛び込んできた声に、少年はまどろみから目を覚ました。眠った覚えはなかったのだが、時刻はとうに子供の活動時間を過ぎている。だが寝ぼけ眼をこすりながら顔を上げると、安堵をにじませた父の穏やか瞳と目が合い、睡魔に侵された思考が晴れていく。
 大きな興奮と、少しの不安に誘われながら母がいる部屋に向かうと、口ぐちにかけられるおめでとうございますという祝辞を産声が裂いた。
 そこにいたのは小さな小さな存在だった。
 まだ5歳の少年の、小さな手よりもさらに小さな小さな手。壊れてしまいそうにひ弱なのに、泣きごえはその存在を力強く主張し続けている。その声は、母の囁きを掻き消しそうだったが、決して消えずにそれは少年の耳に届いて全身を満たした。

「お前の妹だ、リゼル。名は――」

■ □ ■ □ ■

「ティラァァァァァ!!!」
「いい加減にしろこの変態シスコン!!!」

 ドガァ、と派手な音と共に、今日もとある町の宿の一部屋が盛大に吹き飛んだ。


 朝食を取るために冒険者がごったがえす食堂の隅で、リゼルはすすり泣いていた。だが今朝はついに「鬱陶しい」という怒号すら飛ばなくなって、そのせいですすり泣きが途絶えることもなかった。向かいに座っているにも関わらず、まるでこちらを空気かなにかのように完全無視したまま食事をするサーラに、耐えかねてリゼルが涙声を上げる。
「サーラさん〜、無視しないで〜」
 懇願はあっさり無視されたが、リゼルはめげなかった。
「悪気はないんだよ〜」
 これにも返事は返ってこない。無言のままスープを啜るサーラに、だがリゼルはさらに言いつのる。
「これ以上部屋を壊されたら、俺弁済金で路銀が尽きちゃう」
 そこで、ぶちっと何かが切れるような音がリゼルの言葉を途切らせた。――実際には聞こえる筈のない音だが、いつの間にか聞こえるようになる特技が身に着いたようだ。というのは、リゼルの気の所為ではないようで。
 がんっ、と、今度はちゃんと耳で聞き取れる派手な音を立てて、サーラがスープの器をトレイに叩きつける。スープの中身が飛び散るほどの勢いで、熱、と小さな悲鳴とともにリゼルがのけぞった。当然だがそんなことなどお構いなしで、サーラが獣も逃げるほどの眼光をリゼルに叩きつけ、リゼルがまた小さく悲鳴を上げた。

「……これ以上部屋を壊されたくないのなら、毎夜人の布団にもぐりこんで妹の名前を叫ぶのはやめたらどうだ……?」

 口調こそ静かだったが、そこには怒号を叩きつける以上の怒りが込められている。それを察することができなかったわけではないのだが。
「ええと……、じゃあ純粋な夜這いならいいと」
「そんなわけあるかああああ!!!」
 茶化して誤魔化そうとしたのは、明らかなる判断ミスだった。ぶちぶちぶち、と数十本くらいまとめて何かがぶち切れた音(耳で聞こえない音)と共に、ついに爆発したサーラの怒号がリゼルの食事をまとめて弾き飛ばす。ひぃ、というリゼルの悲鳴に、周囲の悲鳴も重なった。普通、怒鳴り声だけで火花が起こったり食事をふっ飛ばしたりはしないが、サーラはそれくらいの魔法ならば印も呪文も必要としないようで、切れると無意識に魔法を使う傾向にあった。そんなわけで、もはや被害はリゼルだけにとどまらなくなっている。
「ご、ごめんなさい。本当にすみません。もうしません。……多分」
 さすがに危険だと判断したリゼルが平謝りに出て、いったんサーラは怒りを鎮静させたのだが、多分、という言葉が聞こえた時点でぴくりと片眉を跳ね上げた。それに気付き、慌ててリゼルは弁解の言葉を連ねた。
「いや、ほんとにすみません。……寂しくて、つい。ティラとこんなに離れたことなかったから」
「自分で追い返したくせにか」
「そうしろって言ったのサーラさんじゃん」
「お前もついていってやればよかっただろう。いつ誰が私についてこいと言った?」
「……それはそうだけど」
 確かに、ティラとの離別を選んだのは自分だ。ティラの了承すら得ず、連盟に彼女の保護と家に帰すことを依頼したのも自分だ。だけど、それを後悔はしていない。
「でもティラが狙われているのにじっとはしていられない。かといってティラを危険には巻き込みたくない。傍にいれば、俺はどんなことをしてもティラを守るけど、ティラがそれを望まないなら……こうするしかない」
 伏し目がちに呟く声に力はなかったが、だが後悔の色もないそれに、サーラは小さく息を吐くとトレイを持って立ちあがった。それを追いかけても彼女は何も言わず、ひとまずほっとしたリゼルだったが。

「また合成獣(キメラ)の異常発生だってよ」
「そういえば、最近ギルドも合成獣(キメラ)討伐の依頼が増えてきたな。キメラハンターのライセンスでも取るか」
「バーカ、お前じゃ無理――」

 行き過ぎる途中のテーブルから聞こえてきた会話に、サーラが足を止める。彼女の後についていたリゼルもまた立ち止まることとなったのも必然なら、その会話が途絶えたのも必然だと言えただろう。彼らのテーブルの椅子を引き、サーラがそこに腰を据える。
「――その異常発生。どこで起こってるのか詳しく教えてくれるかしら」
 きゅっとサーラが口角を上げると、たちまち周囲の冒険者が色めき立つ。サーラの美貌ならば、それを成すことは簡単だろう。だが合成獣(キメラ)の会話を交わしていた男達は、サーラの望む答えを返すことはなかった。ひゅう、と下品な口笛を吹き、サーラを舐めるように見つめ返す。
「それより俺達と遊ばないか、姉ちゃん」
 下心丸出しの声に、リゼルが不快そうに眉を潜める――実際のところ、美女と見ればついていくリゼルも同類だとサーラがそれに気付けば突っ込んだかもしれないが。
「私の問いに答えてくれるなら、考えてあげる」
 今のサーラには駆け引きの方が大事だった。表面上は不快さを押し殺した甘い声は、
「気になるなら後でギルドに行ってみなよ。詳しくは俺も知らねえんだ。それより――」
「ならお前に用はない。失せろ」
 男の答を聞くと共に、一転氷点下まで冷めた。そのことに一瞬男はぽかんとしたが、馬鹿にされたと気付いた次の瞬間には、かっとしてサーラに掴みかかっていた。だがそれを許す彼女ではく、あっさりとそれを避けるとあまつさえテーブルにおいてあった水さしの中身を男にむかってぶち撒けた。そしてまたも男が唖然としているうちに、素早くリゼルの両手を取る。
「リゼル」
「え、はい」
 驚いたようにこちらを見下ろすリゼルに、サーラはにこりと笑いかけて呟いた。

「あとは任せた」

 一言だけ残し、彼女はくるりと踵を返す。そうして悠々と表を歩いていても、激怒した男が追いかけてくることはない。その代わり店の中では騒ぎが起こっているようだったが、それはもうサーラには関係のないことだった。店が視界から消えないうちにリゼルはこちらに追い付いてくる。勿論怪我もなければ息すら切れていないのを見て、ふむ、とサーラはひとつ頷いた。
「……鬱陶しいが、扱いを覚えれば役に立つ」
「なんの話?」
 刀をジャケットの下に仕舞いながら疑問の声を上げるリゼルに、
「お前を捨てて行かない理由の話」
 端的に言い捨てて、サーラはギルドへと足を向けるのだった。


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