ストレンジツインズ 兄妹と銀紫の魔女 3


 そんなこんなでひと悶着あった後、結局リゼルのすっぽんの如きしつこさに負けたサーラと「夕飯だけ」の条件で夕飯を食べて、だがその日は兄妹とサーラは同じ宿に部屋を取った。幾つも宿があるほど大きな町ではない、というのが理由の大部分だが、上機嫌の兄を見ていると何故だかむしょうに腹立たしくて、ティラは早々に布団に潜ったのだった。
 ほどなくして規則正しい寝息が聞こえてくると、リゼルは妹が眠っているのを確認し、その金の髪を優しく撫でても起きないことを確認してから部屋を出た。
 それから早足に廊下を歩き、幾つか扉を通り過ぎてから、目的の扉の前で数度ノックを繰りかえす。
「……どうして私の部屋を知っている」
「俺の美女アンテナって、結構精巧なの」
 アホ毛を撫でつけながらへらっと笑うリゼルに、サーラは心底げんなりした顔を見せた。
「そんな顔しないでよ。だって今訪ねないと、サーラさん、夜の間に発つつもりだったでしょ?」
 間延びした声と気抜けする笑顔の奥で、碧眼が鋭く光ったような気がして、サーラはふう、と息をついた。扉を閉めてしまおうかと思ったが、それを許してくれないような気配を無意識に感じて、仕方なく言葉を返す。
「何の用だ」
「どうして追われてたんですか?」
「昼間君の妹にも言ったが、ギルド登録を拒否しているから――」
「そっちじゃない」
 今度こそ、リゼルの顔から笑みが消える。鋭く細まる形の良い青い瞳から逃れるようにサーラは視線を外すと、諦めて扉を開けたまま部屋の中へと引き返した。ついてくるリゼルの気配を背に感じながら、ベッドの端に腰を下ろす。
「陸連とやりあってる間中、殺気を感じた。サーラさんも気付いてたでしょ」
「関わらない方がいいと思うぞ。妹を危険に晒したいか?」
「もう関わってるかもしれないから、聞いてるんだ。少年のエレメンターがティラを狙ってる。そいつの気配と、昼間感じた気配は、違うけど凄く似てた」
 そんな風に返してきたリゼルに、サーラは再び彼に目を戻した。一応は遠慮しているのか、部屋には入ってきたが、リゼルは扉の前からは動かなかった。そこまでランプの灯は届ききらず、彼がどんな表情をしているかはよく見えない。だがそちらに目を向けたままで、サーラは座ったままベッドに両手をついて体重を乗せた。ぎ、と古びたベッドが軋んで音を立てる。
「……なるほど? それで君はそんなに躍起になってるわけだ。ティエラの為か」
「サーラさんを助けたいとも思ってるよ」
「口説いているつもりにしては、酷くついでな感じがするな」
「俺はそんな器用に嘘を言えないよ。……少なくとも、必要じゃないときはね」
 苦笑を含んだ声に、サーラも苦笑を滲ませた。
「本当に君はお人好しだ。道化かと思えばそうでもない」
 意味が解らなかったのだろう。返事に詰まったリゼルに、「いや、いい」と返してサーラは立ち上がった。普段は馬鹿以外の何者でもないくせに、刀を抜けば別人のように豹変したりする。阿呆面の中に、突如別人の表情を見せるような道化者をサーラはあまり好かなかったが、リゼルはそれとは少し違った。それにしてはあまりに素直だ。情報の為だけでもなければ、口説く為でもないのだと、あっさりと口にしてしまう。そして悪気なく、両方だという彼は、やはりただの馬鹿なのかもしれないが。
 リゼルのすぐ前まで歩み寄ると、サーラは何の翳りもない碧眼を真っ直ぐ見上げた。
「……妹離れはできた?」
「できないとダメ?」
 サーラの髪に手を入れると、彼女の頬にさっと朱が差す。
「年上をからかうな」
「先にからかったのはサーラさんでしょ」
 憮然として踵を返したサーラの後を、リゼルがくすくすと笑いながら追う。それを睨みつけて黙らせた後、サーラは再びベッドに腰を下ろすと逡巡するように視線を巡らせた。
「……そのエレメンター、どんな魔法を使っていた?」
 ややあってサーラが口にした問いは、だがリゼルを大いに困らせた。ティラと違い、リゼルは魔法を使えない。魔法学の基礎くらいはやったことがあるが、本当に基礎だ。それ以外の知識など持っていない。
「ティラならともかく、俺は魔法のことなんかさっぱりわからない」
「少しでも呪文(スペル)を覚えていないか?」
「うーん……、でもそういえば、ティラが変だって言ってたな。同じ光の魔法だけど、ティラも知らない呪文(スペル)だったって」
 リゼルの答は要領を得ないように見えて、だがサーラは確信したように頷くと、頬に流れた髪を掬い、後ろに流した。手首に幾重かに嵌めているブレスレットがぶつかりあって、静まった部屋にシャランと響く。
「なら十中八九間違いない。最近私にちょっかいをかけている奴と同じだな。ただ、私を狙っているのは少女の精霊使い(エレメンター)だ」
「どうして同じって断言できる?」
「そのスペルは恐らく禁呪だ。ティエラが知らないというなら、それで恐らく間違いないだろう。まっとうな人間には知る必要のないことだ」
「禁呪?」
 知らない単語をリゼルが反芻する。説明しかけて開いた口を、だがサーラは閉じると軽く首を振った。
「……君に説明しても仕方ないな。まあ、分かりやすくいえば、自分の生命を削って具現するような類の魔法だ」
「生命を削って? ……あんな子供が?」
 穏やかでない言葉に、リゼルが眉を潜める。
「子供だからこそ命の価値がわからないこともあるさ。だが、バックに組織がある可能性もあるな。私も奴らのことはよくわからない」
 すぐ感情的になるリゼルとは対照的に、サーラは淡々としていた。そしてそのまま、わからないで締めくくられ、リゼルが腑に落ちない声を上げる。
「じゃあどうしてサーラさんが狙われているのかは……」
「断言はできないが、狙われる心当たりを上げるとすれば、私が人とは違う力を持っていることだ」
「……違う力? でも、じゃあ、ティラはなんで……」
「お前の妹も同じだぞ」
 リゼルには、サーラが人と違うところなどわからない。確かに強い魔法は使うが、それが普通の精霊使い(エレメンター)とどう違うかなど、リゼルには察しようもなかった。サーラについてすらそうであるから、彼女が継いだ言葉にリゼルは心底驚きを隠せなかった。
「……なんだって?」
「お前の妹も、違う力を持っている。私にも理解不能な、未知数な力だ。お前には心当たりがないのか」
「俺は、ティラが産まれたときからずっと傍にいる。けど、ティラに人と違うところなんてない! 確かに、常人より遥かに可愛いし聡明だけど!」
 大真面目に叫ぶリゼルに、サーラは思わず呆れて思考を中断してしまった。だがすぐに立ち直り、リゼルを無視して宙をにらむ。
 前回、ティラが力の片鱗を見せたときには、確かにリゼルは気を失っていたが、それ以前に力を見せたことはリゼルの反応からして無いようだ。
「彼女の近親者で、強い力を持つ者はいるか?」
「父も祖父も強い光の術者だよ」
「妙だな。力は高い確率で遺伝する。お前は何故魔法が使えない?」
 紫の瞳に射抜かれ、リゼルが言葉を失くす。
 使えない振りでないことは、魔法に精通しているサーラからすれば一目瞭然だった。
「……まあ別に詮索したいわけじゃない。私も詮索されるのは好きじゃないからな」
 だがサーラが探るような視線を向けてきたのは一瞬だった。すぐにそう言って目を逸らした彼女に、リゼルが肩をすくめて見せる。
「別に、隠すようなことでも謎でもなんでもないよ。俺とティラは父親が違う。それだけだ。そのことは多分ティラも知ってる」
 あっさりと明かしたリゼルに、サーラは少し気まずそうな顔をした。
「詮索したいわけじゃないと言ったのに……」
「気にしないでよ。実のとこ、サーラさんに付きまとったのはその髪が気になったからっていうのもあるんだ。美人だからっていう方がでかいけど」
「お前はどこまで本気なのかが全くわからん。……髪だって?」
「実父が銀髪だったらしいから、もしかして関係あるかもしれないって思って。でもこっちやもっと向こうの大陸じゃそう珍しい色じゃないし、多分関係ないよね」
「ああ……。まあ、関係ないだろうな。私の両親は銀髪じゃないし。両親の親戚については両親も良く知らないらしいから、言い切れはしないが……」
「いいんだ。別に捜してるわけじゃないから」
 すまなそうな顔をしたサーラに、リゼルがへらっといつもの気の抜ける笑顔で笑って見せる。
「やっぱり、サーラさんって優しいね」
「っ、君はまた、すぐそういう陳腐なことを――」
 だが、二人の会話はそこで途絶えた。弾かれたようにサーラが立ち上がり、リゼルが身構える。
 全くの突然に二人の前に気配が生じたのは、それとほぼ同時だった。



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