ストレンジツインズ 兄妹と銀紫の魔女 1


 軽快な祭囃子の音に合わせて、すれ違う誰の足取りも軽い。
 街並みは綺麗に彩られ、道に沿ってずらりと市場のように店が並び、見たこともない珍しい装飾具や、子どもの目を引くような鮮やかな菓子を売り出している。
「こっちの地方のお祭りって初めて見たけど、綺麗ね、兄さん」
 普段はどちらかといえばクールなティラだが、そんな浮き立った町の様子に、彼女も年相応の笑顔を浮かべていた。そしてはしゃいだ声で兄を振り返り――、
「ほうはへ」
 返ってきた間の抜けた返事に、いつものげんなり表情へと逆戻りする。
 いつの間にか、兄の両手にはいっぱいの菓子やら装飾具やらがあった。そして、林檎を飴で固めたような赤い棒付きの菓子や、白くてふわふわしたものをいっぱいに口に詰め込んでいる。うまくろれつが回ってないのはその所為だろう。
「兄さん……」
 よくない気配を感じたのだろう。びくっと肩を跳ねさせながら兄が立ち止まり、ティラもまた立ち止まる。
 おそらく、物珍しくてあちこちの店を覗き、そして店の人に勧められるまま買ったのだろう。まるで子供と一緒だ。
「なんでも言われるがままに買っちゃだめでしょ……? 大事な旅の路銀よ?」
「ひゃ……へふはひくへふい」
「何言ってるかわからないから、口の中のもの出して。……ううん、飲み込んで」
 言うなり全部出そうとする兄を見て、ティラは眉間に皺を寄せると慌てて言葉を付け足した。兄は従順に出すのをやめ、口を両手でおさえながらもごもごと懸命に頬を動かしている。リスか何かを彷彿とさせるその気の抜けるような兄の顔を見て、ティラは大きくため息をついた。
 兄が子供じみてるのは今に始まったことではない。財布を持たせておいた自分が悪かった。
 結局リゼルが全部を飲み下す前には、ティラはそんな結論を導き出していた――そんな平和な昼下がり。
 平和ならそれで良いではないか。
 辿りついた町では丁度祭りを催しており、知らぬ大陸での初めて見る祭りを、ティラだってわくわくと眺めていた。兄のはしゃぐ気持ちも解る。祭りは楽しむものだ。少しばかり兄が調子に乗ってはしゃいでも、いつものように暴れてトラブルに首を突っ込むのに比べたら可愛いものだ。
 そうしてようやくティラの怒り顔が苦笑に変わったというところで。
 唐突に喧騒が巻き起こる。
 嫌な予感と共にティラが周囲を見回し、リゼルもまだ口をもぐもぐさせたままで何事かときょろきょろする。騒ぎの理由は、すぐに知れた。
 ティラのすぐ隣を通り過ぎた少女が手にしていた赤い風船が彼女の手を離れて飛び立ち、咄嗟にティラがそれを取ろうと手を伸ばすがその手は空を掻き、その見上げた視線の先で、何人かの人が動いた。
「あれは――」
 そして目を見開く。
 周囲の人の視線を追えば、リゼルもすぐに屋根の上の大立ちまわりに気付いた。一人の女性が長い銀髪を翻して屋根から屋根の上を伝い逃げ、それを数人が追いまわしている。追いかけている者はいずれも同じ制服を纏い、同じ色のマントをたなびかせていた。だがリゼルの目に留まったのは、専ら追われている女性の方だ。
「待って、兄さん!」
 すぐにも駆けだそうとする兄の意図を察するのは、妹にとって至極容易なことで、想像できるからこそ反射的に兄の服を掴んで止める。
「……どっちを助けるつもり?」
 聞いてから、ずいぶんと間の抜けた質問をしたものだとすぐにティラは首を左右に振った。
 追いかけているのがぱっと見全員男で、追われているのがぱっと見女性という時点で、女好きの兄の行動など他にあるだろうか。それだけではない。追われている女性には、ティラにもまた心当たりがあった。
「気持ちはわかるけど、落ち着いて兄さん。あの制服、大陸連盟よ。連盟に逆らう気?」
 厳しい声で諭すと、さすがに兄の表情も神妙になる。まさか気付いてなかったのかとティラが呆れた顔をする前で、だがリゼルの表情は諦めてなかった。そして、大変間が良いのか悪いのか、手近な店が陳列していたお面をひったくる。
「ふぃら、おはねははっほいへ!」
 言いたいことは大体察したが、まだ飲み込めていないらしい。
 盛大にため息をつきながら、面で顔を隠して、軽やかなフットワークで屋根の上へ駆け昇って行く兄を見送り――
 驚いている面屋の主人の前で、ため息をつきながらティラは財布を取り出した。



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