ストレンジツインズ 兄妹と禁忌の魔法 7


 その遺跡は入口こそただのほら穴だったが、そこから真っ直ぐに続いている下りの階段も周囲の壁も、土でできたものではなかった。支えにした壁の感触は冷たく、足音はかつんかつんと篭った音を立てて内部にこだましている。そして入口の光が遠くなっても、どういうわけか遺跡の中は仄明るかった。最初は一列でしか通れないほど狭かったので、ヘイルを挟むようにしてリゼルが先頭となって進んでいたのだが、じきにに通路も広く、立派なものになっていく。
「すごい……、この大陸には、まだこんな遺跡が残ってるのね」
「え、ねーちゃん達って別の大陸から来たの?」
 思わず呟いたティラの声を聞きつけて、ヘイルが驚いたような声をあげる。遺跡に呆けていたティラだったが、問われて彼の方を見下ろした。
「ええ、そうよ」
「へえ、凄いな。随分遠くから来たんだ」
「私だってこんな遠くまで来るつもりなかったんだけどね。なにせ兄さんが奔放だから」
 はあ、とティラが大きなため息をつくと、わざとらしい兄の咳払いが聞こえた。気まずいのだろう。だが、
「でもねーちゃんもなんだかんだでそれを追いかけるんだから、ブラコンだよな。メリルも泣き虫ですぐ怒るくせに、オレの後ばっかりついてくんだもん。妹って素直じゃないよね」
「な、なにを……!」
 ヘイルが余計なことを言った瞬間、兄の後ろ姿がいきいきするのが見えてティラは焦った。顔が一気に火照り、否定しようにも言い返そうにもなかなかちゃんとした言葉にならない。どの道何を言おうにも既に遅く、兄はもう至福の笑顔でこちらを振り返っていた。
「そうなんだ!」
「ち、違……、私は、ただ兄さんを野放しにしとくと心配だから……」
 やっと出た言い訳はやっぱり遅く、次の瞬間にはぎゅう、と抱きしめられる。
「とか言って、ほんとはやっぱりお兄ちゃんが好きなんだよね!?」
「馬鹿! 離して!」
 力の限りもがいても、なかなか兄は離れてくれない。そんなことをやっている間に、少し離れたところからヘイルの歓声が聞こえてきた。
「おーい、いちゃついてる場合じゃないよ! 何か凄いよ!」
 誰のせいよ、と言い返しそうになるが、子供にムキになっても仕方ない。それよりも先に行ってしまったヘイルを心配して、ティラは兄を無理やり引き剥がすと階段をかけおりた。
「わぁ……!」
 そして、すぐにヘイルが言っていた「凄い」の意味を知る。
 階段が終わると、そこにはホールのような広い空間と、細かい細工の施された荘厳な祭壇があった。近寄ってみてみるとますます圧巻で、ティラはともかく、リゼルが背伸びして手を伸ばしても、祭壇の上には手が届かない。ティラがリゼルに肩車をしてもらい、ようやく祭壇に手が届くといった具合だった。
「……本?」
 掴んだそれを目の前までおろしてみて、ティラが呟く。汚れひとつない真っ白な表紙の分厚い本は、とくに本以上の何にも見えない。だがティラがその最初のページをめくろうとすると、兄の鋭い声が飛んだ。
「ティラ、降りて!」
 その声が差し迫っていたので、慌てて本を抱え、身をかがめた兄の肩から飛び降りる。リゼルが刀を抜き放ったのがそれとほぼ同時なら、振り返る兄の刀に何かが飛びついたのもほとんど時間差はなかった。
「な、なんだあれ……!」
 震える声を上げ、ヘイルが尻もちをつく。その頃になってようやく、ティラも状況がつかめてきた。
 唸り声をあげる黒い獣が、リゼルの刀に喰いついている――いや、刀ではなく兄を喰らおうとしているのだろう。リゼルはいちはやくその気配に気づいて、それを阻止したのだった。だが、獣に諦める様子はなく、刀ごと兄を喰おうとしている。
「兄さん!!」
「ヘイルを連れてここから離れろ!」
「でも……、」
 兄の手も刀もぎしぎしと震えている。尋常ではない力の均衡があることが傍目にも解った。リゼルが優勢にはとても見えない。
「……合成獣(キメラ)……?」
 拮抗しながらリゼルが唸る。全身が黒いその獣は、見たこともない獣だった。光のひとつもない瞳には生気もない。

『タ……チ……サ……レ……』

「!?」
 唸り声が、突如意味をある言葉を成す。大きな顎はまだ刀に喰らいついたままで、獣が喋ったというよりは、直接頭に響くような不思議な声だった。それによって、ティラの記憶が結びつく。
「違う、多分守護者だわ。おばあさまから聞いたことがある。何かを祭った遺跡には、魔法でできた守護者がいるって」
「守護者かなんか知らないけど……! 母上の刀に傷でもつけたら殺されるっつうの!」
 渾身の力で刀を返し、それと同時に獣の腹を蹴り飛ばす。それでようやく獣が刀から外れ、リゼルは大きく肩で息をついた。だが、獣の唸り声と不思議な声は依然として続いており、まだ終わってないことを示している。ティラとヘイルを後ろに庇い、リゼルは再び刀を構えた――が。

『高き天に住まいし太陽の王よ。我が魂を供物に、その力を我が前に示せ!』

 突如として巻き起こった激しい光が、黒い獣をあっという間に飲み込んで灼きつくす。三人ともがそれを唖然として見守るしかなかったが、その激しい光に見覚えのあることに気付けば、誰もが状況は悪化したのだということにも気付くことになった。
「……ユリス」
 ティラが固い声を落とす。
「やァ、正義の味方ご一行サマ。封印解除御苦労さま」
 黒衣の少年が、まだうっすらと光のまとわりつく手を下ろす。
「ささやかなお礼に、守護者は魔王が倒してあげたよぉ」
「――どういうこと? まさか私に封印を解かせたの? どうして自分で解かないのよ」
 ユリスの言葉に、ティラが身を乗り出して叫ぶ。それを受けてユリスはくっと笑った。
「遺跡を引きずりだしたら、どうも嫌われたようで、入口でシャットアウトされちゃったんだ。それにキミに簡単に解ける封印でも、ボクには少し難しい。魔法の使い方が違うから」
「どういう……こと?」
「キミには知る必要のないこと」
 ユリスの言葉の意味を理解できないティラは、同じ言葉を重ねるしかない。そんなティラの疑問を突っぱねて、ユリスはおろした手をもう一度上げた。
「そんなわけで、その本。渡して貰えるかな」
「この本は、なんなの?」
「それもキミが知る必要のないこと。できればボクは穏便に済ませたいけど、嫌だというなら戦うよ?」
 ボクにはそれが必要だから。
 歌うように囁きながら、ユリスはもう片方の手も持ち上げ、その両手が複雑な印を結び始める。
「――ティラ、俺がなんとか時間を稼ぐ。ヘイルを連れてここから出るんだ。その本、俺に渡して」
 刀を握り直し、リゼルが囁く。だがティラは首を横に振った。
「いくら兄さんでも無理よ! あんな魔法、相手にできるわけないじゃない!」
「あれ、俺そんなに頼りない――」
「ふざけないで、絶対嫌!!」
「……あいつは、渡しても穏便に済ます気なんてないよ」
 茶化してみせたリゼルの顔が、一瞬後には見たこともないほど真剣な表情に変わっている。ユリスの、どこか残忍さの浮かぶ愉しそうな笑顔よりも、そのことの方が背筋を凍らせてティラの動きを止めた。
だが、そちらに気を取られている間に、兄から庇うように抱えた本は姿を消していた。
「……ヘイル!?」
「サンキュ」
 誰がそれを取ったのか、気付いて咎めるような声を上げたときには、既にヘイルはそれを兄に渡してしまっている。だが、ティラが何かを言う前にヘイルがティラの手を引き、それに合わせるようにリゼルが反対側に跳んだ。その境界を作るように、激しい光が間を貫いた。
「ヘイル、どうして……!」
「ごめん、だってオレ、にーちゃんの気持ちわかるから……! 妹を危ない目に合わせるのなんて嫌なんだよ! だから逃げよう!」
「そんなの、ずるい……! じゃ、妹の気持ちはどうなるの!」
「そうだよね。きょうだいは、共にあるものだ。一人だけ助かろうなんて、よくないよ」
 すぐ間近で起こった冷たい声に息をのむ暇もなく、冷たい手に首を掴まれティラは身動きが取れなくなった。
「ねーちゃん!」
「ティラ!!」
 ヘイルの悲鳴にリゼルが顔色を変える。だが彼の姿をとらえたときには既に、ユリスはティラをとらえていた。それを見て、リゼルがユリスに向けて白い本を投げつける。
「お前が欲しいのはそれだろ! ティラに触るな!!」
「――残念。ボクが欲しいのは、りょうほう」
 リゼルを牽制しながら、またユリスがくくっと笑い声を立てる。思わぬ言葉にリゼルとティラが息を飲むのに構わず、ユリスは投げつけられた本を拾い上げた。だが。
「……あちゃー。でもこれ、フェイクだ。残念」
 ばらばらと片手で本を繰った瞬間、ユリスの表情から残忍なものが消える。そして、同時に表情も消えた。突然ユリスの様子が一変して、リゼルもヘイルも、ティラさえも戸惑いながら彼を注視する。
「――マリス?」
 怪訝な眼差しを一身に浴びながらも、やはりユリスはそれに気付いた様子さえなかった。ただ、名前のような言葉を口にして、ユリスの手がティラ首から離れる。そこでようやく彼に表情が戻った。
「用事ができた。また今度にする」
 意味がわからず唖然とする一同を見て、ユリスが愉しそうにくつくつ笑う。
「やっぱり、きょうだいは離れるべきじゃないよね。今度は一緒に遊びにくるヨ」
 そんな言葉だけを残し、唐突にユリスの姿は光に掻き消えたのだった。



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