ストレンジツインズ 兄妹と禁忌の魔法 6


 夕食を取ってすぐ、件の遺跡に行くためにリゼルとティラはヘイルの家を出た。すっかり懐いてしまったメリルの大泣きを食らい、また明日来るからとなんとか宥めすかしていた所為で、予定よりは少し遅れたが、かといって明日になれば封鎖されてしまうかもしれない。こういった遺跡も全て、大陸連盟の管轄だ。
「……俺、陸連もあんま好きじゃないんだよね」
 道すがら、ふと兄がそんなことを呟き、ティラはリゼルの方を仰ぎ見た。
 大陸連盟は、国だけでなく大陸すら越える規模の国際組織だ。この世界にある4つの大陸に存在する国家は、全て加盟義務がある。悲惨な戦を繰り返さないために列強が取った策ではあるが、その役割の大部分が、すっかり衰退してしまった魔法に関わる力の管理だ。
「どうして?」
 その気持ちが解らないわけでもないが、ティラはそんな風に聞いてみた。うーんと、言葉を選ぶようにリゼルが首を捻る。
「なんつーか、強引だから」
「でも仕方ないと思うわ。ここまで魔法の力が衰退してしまったら、個人が持つ魔力というものは脅威だもの」
 戦乱の時代にも魔法は用いられたが、その頃には魔法はそれほど珍しい力ではなかった。つまりは対抗する術もいくらでもあったし、ひとつの国が独占できるようなものでもなかったのだ。それでも稀に失われた古代の力を持つような強力な術者、または古代の遺物などを所有する国が現れると、戦は瞬く間にその国の独壇場となり、血みどろの歴史が繰り返されたのだ。
「多少強引にでも誰かが力の管理を行わなければ、また過ちが起こるわ。そしてその誰かがひとつの国家に偏らないよう、大陸連盟が組織された。合理的なやり方だと思う」
「でもさー、ティラだって昔、無理矢理陸連の奴らにつれてかれて、長い間帰ってこなかったじゃんか。俺から見れば人攫いと大差ないね」
「だから、それは連盟の魔法ギルド登録の手続きと、連盟法を学ぶためのもので、魔法を使える人は受けなきゃいけない決まりなのよ。そもそも、3日で終わったわ」
「3日もティラに会えなかったら十分死活問題だ」
「兄さんは大袈裟なのよ。だいたい……」
 言いかけて、ティラは言葉を止めた。不自然なところで言葉が途切れたためにリゼルが不思議そうな顔をし、それに気付いてティラは俯きながら、ぼそぼそと続きを口にした。
「……だいたい、3日会えないくらいで大騒ぎするなら、どうして一人で旅に出ようとなんてしたのよ……」
 リゼルの視線を感じて、顔が熱くなる。兄のシスコンぶりには辟易するものの、拒絶されれば辛かった。それを見透かされるのも嫌だったが、どちらにしろ兄は見透かしているのだろう。見かけほど馬鹿でないことはよく知っている。
 だけど今夜は連れてきてくれたから、少し虚勢が解けてしまった。
 それを自覚したら恥ずかしくなり、誤魔化す言葉を考えていたが、結局それよりも、それについてリゼルが何か言うよりも前に。
「――誰かに尾けられてる」
 リゼルの鋭い声が空気を震わせる。はっとしてティラは身を固くした。
「まさか――」
 ユリスのぞっとするような笑顔と殺気を思い出して、ティラが震える声を上げる。しばしリゼルは黙ったまま後方を睨んでいたが、やがてふっと緊張を解いた。
「いや。違うな」
 まだ姿も見えない闇の向こうの人物を兄がどうやって特定しているのかは謎だが、その様子から緊迫したものは消えていて、とりあえずはそれでほっとする。じゃあ誰が、という当然の疑問に答えるように、リゼルが声を上げた。
「ヘイルだろ? 出てきなよ」
 そう言うとすぐに、リゼルの言葉どおり暗がりの向こうからヘイルが姿を現した。
「なんでバレた? 尾けたり撒いたりするのは自信あるのに、お前変だよ」
「そんな変なことに自信持つお前が変だよ。そーゆーの、正義の味方には通用しないもんなの」
 腰に両手をあて、呆れたようにリゼルがため息をつく。
「ちゃんとお母さんに言って出てきた?」
「言って許してくれるわけないじゃん。でも平気だよ。俺よく黙って夜出かけてるもん」
 当然のように言ってのけるヘイルを、リゼルが身を乗り出して睨みつける。
「お母さんに黙って家を出るなんて、ダメじゃんか! 心配するだろ!」
「……それ、兄さんが言えたこと?」
 だが、ぼそりとティラに突っ込まれると、リゼルははた、と言葉を止め、乗り出した身を元に戻して罰が悪そうに頭を掻いた。
「うん。まあ、男にはそーゆーときもあるよな。しょーがない」
 はあ、とティラがため息をつく。
「でも、ヘイル。もしかしたら、危険かもしれないの。あなたに何かあったら、お母さんもメリルも悲しむわ」
「だいじょうぶだよ。兄ちゃんは正義の味方なんだろ? だったら何かあったって平気だよな。正義の味方って強いんだろ?」
「も、勿論」
 後には引けなくなって安請け合いする兄を見、ティラはため息を重ねた。しかし。
「……どちらにしろ、一人で帰すわけにもいかないわね」
「そうだな。まあ、もうすぐそこだし、行くだけ行ってみようか。もしアイツがいたら、三十六計逃げるにしかずということで」
 既に街の灯は遠くなり、道も外れている。とりあえずはそれで意見を合致させ、リゼルとティラは先に進むことにした。だがほどなくして、急にティラが立ち止まる。
「ティラ?」
「待って、何か変……」
 そう言ったきり、ティラはまるで寒いときのように、両手で体を抱くと身を小さくしたまま動かなくなった。だが、周囲を窺っても感覚を澄ませても、ヘイルはもちろんリゼルにも異変は感じられない。
「何が?」
 聞き返してもしばらくティラは答えなかったが、ヘイルが痺れを切らす少し前にようやく掠れた声をあげる。
「……私もよくわからないけど、何か騒いでる。……精霊? でも、なんで……。こんなの初めて」
 ティラが上げた声に、ヘイルは胡散臭そうな顔をした。リゼルにしても、ティラとは彼女が生まれたときから一緒だが、こんなことを言ったのは初めてだ。ティラは魔法こそ使えるものの、彼女の父に比べればそう強い術者でもない。
「精霊が騒いでるだって?」
「うん……」
 ティラにもそれは初めての経験だった。肌がざわつくような、心が凍るような、今までにない不思議な感覚――だが、理屈ではなく知識ではなく、では何かといえば本能に近いようなものが、直接魔力を動かしてくる。
「……その、見つかった遺跡。見つかったっていうより、誰かに無理矢理引きずり出されたのかも……」
「引きずり出されたって、どういうこと?」
「つまり、魔法によって見えなくされていたものが、その封印を解かれて現れた……っていう感じかしら。私もこれ以上は解らない」
 ふう、とティラが体勢を戻して額の汗をぬぐう。汗ばむような気温でもないのに、ティラの額にはびっしりと汗の粒が浮かんでいた。
「やっぱなんかキナ臭いな。帰ろうか、ヘイル」
「えぇ、やだよ。なんかわかんないけど、逆にわくわくするじゃん」
 リゼルの制止を振り切って、たたっとヘイルが駆けて行く。慌ててリゼルとティラがその後を追うが、そう走らぬうちに問題の遺跡はすぐに姿を現した。といっても、すぐには気付かぬほど小さな入り口ではあったが。
「……もしかして、これ?」
 ヘイルが口を曲げる。
 小高い丘の下に、草に隠れるようにして小さな入り口が見える。大柄な男だと入れないほどのそれは、ただのほら穴にも見えるのだが、そうでないと断定した理由としては。
「あれ? あれ? 入れないよ、これ」
「ってかヘイル、不用意に近づくなって」
 その穴をくぐろうとしたヘイルが、気味悪そうな声を上げる。その首根っこをリゼルが掴み、穴から引きはがす。
「ってことは、遺跡ってやっぱりこれなのかなあ」
「間違いなくそうよ。魔法で封印されてる。でも、一体誰が見つけたんだろう……、一般人がこれを遺跡だって断定するのは難しいと思うけど」
「でも、俺が噂を聞いたときには既に、遺跡だって。でも、入れないんじゃしょうがないな」
「……私、これ、解けそう」
 入口を丹念に調べていたティラが、ぼそりと呟く。
「え、マジで? ねーちゃんって凄いのな」
「どうしよう、兄さん」
 気楽なヘイルの声を押しのけて、珍しくティラがリゼルに判断を仰ぐ。
「連盟が来る前に勝手に弄るのはよくないと思う。でも、嫌な予感がするの。あの子……ユリス? ……きっと、私より強い力を持ってる。この遺跡を連盟がマークする前に、ユリスが封印を解いてしまったら……、それで、ここにあるのがよくないものだったら……」
 ――禁忌の魔法を、魔王が手にして世界を滅ぼす前に。
 彼が口にしたのは子供だましのおとぎ話のように聞こえたけれど。何故かそれが、それだけで済まないような嫌な予感が頭を離れない。そして、リゼルが神妙な顔をしたところを見ると、そう考えているのはティラだけではないようだった。
「……行こう。先に手に入れて、事情を話して陸連に保護を求めれば、悪いようにはされないだろ」
 兄の言葉に、ティラは頷くと、入口の見えない障壁に手を当てた。



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