ストレンジツインズ 兄妹と禁忌の魔法 4


 黒衣を纏ったその人物は、まだほんの少年だった。それでもティラやヘイルよりは年上だろうが、リゼルの歳には届くか否かといったところだ。被ったフードからは金色の髪がはみ出し、青い瞳が挑戦的に射抜いてくる。
「……貴方が、この子に魔法を使うのにお金がかかるなんて言ったんですか?」
 それでも物怖じせずそう問いかけるティラに、少年はくっと喉を鳴らして笑った。
「そんなこと言ってないよ。金銭の見返りを条件にお母さんを治してあげるって言っただけ。正当な契約だよ」
「営利目的での魔法の行使は、大陸連盟によって禁止されています。それは正当な契約とは言えません」
 ティラの切り返しに、少年から笑みが消える。リゼルもヘイル達家族も、魔法についての知識などないから、話についていけず黙るしかない。訪れた沈黙を一人ティラが裂き続ける。
「例え貴方が国籍を持っていなくても、大陸連盟法(フューラ・ロウ)を知らなくても、この世界に生きるエレメンターは連盟の魔法ギルドに帰属し、法を遵守する義務があります」
「君は連盟の人? それとも君もエレメンター?」
 既に、少年には笑みが戻っていた。答えないティラに向けて、ふふっと彼は子供じみた笑い声を上げた。だが、その笑う口元とは裏腹に、瞳は酷く冷めている。
「義務だか何だか知らないけれど、そんな理屈、コドモには関係ないよ。自分の力で生活していくお金を得る。倫理にもとるようなことは何もない。人の財布を掠め取るより余程ね」
 ぐっとティラが言葉に詰まり、ヘイルがびくっと身を震わせる。そんな二人の様子を見たリゼルが、ため息と共に言葉を挟んだ。
「明らかに支払い能力のない子供に対し、母親をダシにして大金を吹っ掛けるのが倫理的とも思えないけどね」
 また少年の顔からは笑みが消え、面白くなさそうにリゼルを見上げる。挑戦的に睨みつけてくる瞳は途端に興味を失って、少年はフード越しに頭を掻きながら明後日の方向に視線をさまよわせた。
「それで何? 人の商売にケチつけて、無償で人助けして、正義の味方気取りなワケ?」
「気取りも何も、俺は正義の味方だけど何?」
 腰に手を当て、またもどーんとリゼルがふんぞり返る。呆れたティラが片手を頭に当てかけ、だが大気の震えを感じてそれをやめる。ピリ、と嫌な感触が肌を撫でる。
 目を見開いて振り向いたティラの前で、少年の両手が複雑な印を切る。
「――そう。じゃあボクは魔王ってことにしとこうかな。正義の味方よりカッコ良いと思わない?」
 ねぇ、と。少年の冷めた目がヘイルに向けて笑いかける。誰も何も言えない間に、少年の唇が震える。

『高き天に住まいし太陽の王よ。我が魂を供物に、その力を我が前に示せ!』

 どうしようもなく震える空気を感じ、自らもまた震えながら、反射的にティラは印を切っていた。――だけど。

『貴き神の御使いよ! 我が手に集い、光鱗の盾と――』

 だけど、間に合わない。そして届かない。それもまたどうしようもないほど、ティラは体中で感じていた。今まだ、完全なる効力を得ていないこの瞬間ですら、少年へと収束する光がちりちりと肌を灼く。
 そこにあるのは、死だ。
 直接的に脳に体が伝える警告に、だが抗う術はない。作り上げようとしたシールドは、呆気なく強大な力に呑み込まれ、がくがくと震える手はもう印を切ることもままならない。
 だが、その瞬間肌を灼く痛みは消えた。
「――――、兄さ――」
 しっかりとこちらを抱きとめるその体温に、だけど逆に体が冷えていく。
 死を免れたことを脳が知り、だけど安堵とは真逆の感覚が体中を支配していく。それは、死よりも恐ろしい、虚無。

 欲したのは圧倒的な力だった。あのとき、キメラを吹き飛ばした、いやそれ以上の。
 あのときの感覚を思い出し、体中を侵食する光に意識を委ねる。
 ぴたりと重なる感覚。
「――――――!」
 叫びが唇から滑り落ちる。何と叫んだのか自分でも知る術はないけれど、限りなく溢れだす力の感覚を、外へと解き放つ。


「ぐ、うあああああッ!!!」

 悲鳴にティラが目を開ける。リゼルにすっぽりと抱え込まれていて視界は開けなかったが、それでも少年がまとっていた力が既に無いことは感覚で解った。こちらをぎゅうと抱きしめる力が弱まり、その腕から解放されると、叫んだままうずくまる少年の姿が目に入る。彼はげほげほと咽せたように咳き込み、口を押さえた手元からぼたぼたと血が零れた。
「な、ぜ……、ボクが、一方的に食われるなんて」
 顔をしかめるティラの前で、憎悪のこもった瞳がこちらを向く。それを見てリゼルは刀に手をかけた。
「……大丈夫……、少し食われただけだ。ああ、でも収穫はあった。……近く……」
 だが、少年はぶつぶつと呟くだけで、刀の柄を握ったままリゼルが怪訝な顔をする。それを見て、少年はふっと最初の笑みを戻し、やがて起き上がると口元の血をぐいと拭った。
「――戦う気はないよ、正義の味方サン。魔王は勇者に敗北した。そういうことにしとく」
 フードを払いのけ、少年がにっと笑う。取り払ったフードの中から、煌めく金髪がこぼれ出す。
「改心した魔王が、いいことを教えてあげる。この大陸には色んなものが眠っているんだ。例えば禁忌の魔法とかね? 魔王はそれを手にしようとして敗北した。でも、他の魔王がそれを手にして世界を滅ぼすのを止める為に、正義の味方――勇者の旅は続く。なんて筋書きはどうだろう」
 ははっと最後に茶化したように笑い、くるりと少年が踵を返す。
「待て、お前は――」
「ユリス・ハイネル。魔王だヨ」
 首だけで振り返ると、少年ユリスはばいばいと肩越しに手を振った。



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