ストレンジツインズ 兄妹と亡国の姫君 16


「お世話になりました」
 旅支度を整え、ヴァニス城の門に立つ兄妹に、イリヤは深々と頭を下げた。
「今は無知ですけれど、今から知識を身につけて、いずれはこの国の為に私も何かできるようになりたいと思います」
 上げた顔に、出会ったときのような高圧さはもうどこにもない。温和な微笑みを湛えたイリヤに、リゼルとティラもまた微笑んだ。
 そうして簡単な別れを述べて踵を返し、だが袖を掴まれてティラはイリヤを振り返った。
「?」
「ねえ、ティエラ。もしまた近くに来たら、必ず寄って下さいな。わたくし達、きっと良い友達になれると思うの」
 そんなことを言われ、ティラは頷きながらイリヤを振り向き、袖を掴む彼女の手に手を重ねた。
「ええ」
「フリートも待っていてよ」
 小声でそんなことを囁かれ、ティラがきょとんとする。だが、咳払いが聞こえて二人はそちらを振り仰いだ。
「……イリヤ様」
「だってあなた、やけにティエラのことを楽しそうに話していたじゃない?」
 影のように後ろに控えていたフリートが、悪戯っぽいイリヤの視線を受けて困ったように目を逸らす。思わずティラが赤面し、なんとなくイイ空気が漂ったその瞬間。
 それと真逆のドス黒い殺気と刀の鳴る音に、その場の全員が凍りついた。
 その後はお決まりのようにドタバタ騒ぎだ。誤解とフリートは主張するが、聞く耳持たないリゼルが刀を振りかぶり、致し方なくフリートが応戦する。そしてそれをティラが必死に諌める。
「奇妙な兄妹ですわ」
 そんなやり取りを眺めて、イリヤは晴れやかに笑った。


 温かい風が髪を撫で、泳ぐ金髪をティラが手で撫で付ける。
「あ――リボン返してもらうの忘れちゃった。もう、兄さんが暴れるからよ」
 ヴァニス城はもう遠くなっている。陽が落ちて、オレンジに染め抜かれた丘の上に、兄妹は並んで腰を下ろしていた。
 漏らした不満に返事がなくて隣を見ると、三角座りをしたリゼルが膝に頭を埋め、めそめそと泣いている。
「ああもう鬱陶しいなあ。兄さんのせいで、ちゃんとお別れもできなかったし……」
「だって、ティラが……。俺のティラが……、他の男に……」
「な、なんの話よ!? だから、誤解で刀を抜いて暴れるのはやめてって何度も言ってるでしょう?」
「誤解なの? 本当?」
 リゼルが涙でべしょべしょの顔を上げ、ティラは溜息をつくと、ハンカチを取り出した。
「いい歳した男がすぐ泣かないの」
「ねえねえ、本当に誤解?」
「誤解だってば」
「じゃー俺だけだって言ってよ」
「兄さんってほんと馬鹿」
 詰め寄ってきた兄に、涙を拭い終えたハンカチを投げつける。ティラがそっぽを向いてしまったので、リゼルは飛んできたハンカチを握り締めてしゅんとした。
「……でも助けてくれてありがとう」
 だが聞こえてきた声に、すぐにリゼルに笑顔が戻る。
 ゆっくりと沈む夕陽を眺めながら、しばらくはどちらも無言だったが。
「父上や母上、元気かなあ」
 ふとリゼルが漏らした声に、ティラは顔を上げた。
「元気だと思うけど、多分母上は怒っていると思うわ」
「……やっぱり?」
「兄さんが勝手に出ていくし、母上の刀まで無断で持って行っちゃうし。兄さんの部屋、半壊してたわよ」
「…………」
 ぶるぶると、リゼルが震え上がる。兄が出て行った日のことを思い出して、ティラも遠い目をした。
「もしかしたら、今頃こちらを追いかけているかもしれないわね」
「ありえる。母上ならありえる。……もし見つかって捕まったら……」
 想像したくない。したくもないが。
「吊るされるかな」
「吊るされるわね」
 遠い目をした兄妹の声がハモり、それから弾かれたように二人は立ち上がった。
「よし、追いつかれる前に次の町だ!」
 駆け出すリゼルを追って、ティラも走り出した。
 黄昏は優しく全てを赤橙に包んでいた。



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