ストレンジツインズ 兄妹と亡国の姫君 9


 空は青い。そして高い。町の喧騒は心地よく、自由を体中が喜んでいる。偶にフリートに外に連れ出してもらうことはあったが、ごく短い時間で、城からそう離れることもなかった。外套で顔を隠して、まるで檻から出た罪人のように人目を忍び、そしてまた檻へと帰っていくだけ。だが今は縛るものは何も無い。
 ――だがひとつ、不満があるとすれば。
「いい加減にして下さいません? さっきから大の男が、めそめそめそめそ」
 ついに我慢も限度を越えて、イリヤはリゼルに向き直ると、両手を腰に当てて怒号を飛ばした。だが大して効果はなく、リゼルはなおもめそめそし続けている。
「だってぇぇぇ……ティラがいないんだもんんん」
 情けなくぐしぐしと泣き続けるリゼルを見て、イリヤは呆れましたわ、と溜息をついた。
「あなたって良いのは見てくれだけね」
「よく言われるううぅ」
 返って来た返事に、さらにあきれ返る。その唯一の取り柄であろう美しい外見も、こう情けなくめそめそしていては台無しだ。
「ああ……心配だ。しかも俺以外の男が側にいるなんて。あのムッツリ、ティラに手出したりしてないだろうな」
「フリートはそんなことしませんわ! 破廉恥なことを言わないでくださる?」
 めそめそしていたかと思えば、今度は一転変な汗を流しながら、至って真剣な顔と声で心外なことを言う。
 これにはさすがにイリヤもむっとしたが、だが元はといえば、自分達の我儘にこの兄妹は付き合わされることになったのだ。こちらを良く思っていなくて当然だろう。それはイリヤも認めなければいけない事実だった。
「あなたは、さぞ私を恨んでいることでしょうね」
 だから、そんなことを口にする。さてどんな嫌味か皮肉が返ってくるだろうと身構えたイリヤだったが、意外にもリゼルはこちらを見て目をぱちくりとし、そして済まなそうにしゅんとした。
「いや。俺の方が、酷いことを言って悪かったよ。ティラを連れていかれそうになって頭に血が上ってた」
 え、とイリヤが驚きの声を漏らす。目を丸くしてこちらを見上げるイリヤに、リゼルは苦笑した。冷静になって思い起こしてみれば、この少女に会ってからというもの、自分は嫌な面しか見せていなかった。刀を振り回して怒号を飛ばし、嫌味を言って傷つけ、助けを求めているのに見捨てようとした。どれひとつとして、正義の味方としてあるまじきことだし、どれひとつとして自分らしくない。そんな嫌な面しか見せていないこの少女に、自分は正義の味方だからなどといっても信じてもらえるわけがないだろう。
 そして同様に、リゼルもイリヤの高慢で高飛車な面しか見ていないが、それがこの少女の全てかどうかなどわからない。――恐らくは、違うのだろう。だからティラは助けたいと言ったのだろう。
「ごめんね。命を狙われるっていうのは辛いし怖いでしょ。何かを恨みたくもなるし、逃げたくもなる。けどあのムッツリ男とも約束したし、ちゃんと守ってあげるから。意外と腕には自身あるんだよ、唯一の取り柄だって人からも言われるし!」
 どちらかといえば、それはけなされているんだろうと思ったが、誇らしげに胸を張るリゼルに思わずイリヤは吹き出してしまった。何故そこで笑うのかがわからないリゼルは暫く不満そうに口を尖らせていたが、イリヤの笑顔が少女らしい素直なそれだったので、リゼルからも自然に笑みがこぼれる。ひとしきりリゼルとイリヤは笑い合っていたのだが、ややあってイリヤはその笑みをおさめるとふと罰が悪そうな表情をした。
「あなたってずるい人ね。わたくしを恨んでいると責めて下されば、わたくしもあなたに恨み言のひとつも言って、ティエラを見捨てて逃げようという気にもなれたかもしれないのに」
 地面に向かってそんなことを吐き捨てる。その地面から、鎖が生えてきて自分を縛り付ける錯覚を見そうになった。結局、檻は城ではなくてこの国で、自由などありはしないのだと本当は解っている。
「……もしそうやって、君がティラを見捨てたなら、俺も君を見捨ててティラを引きずって帰れた。お互い様だってことで」
 肩を竦めるリゼルを見て、イリヤは苦笑した。
 結局互いにそれを選べなかったから、ここにいる。だったら、この先にすることもひとつだ。
「わたくしは城に戻ります。ティラがわたくしの身代わりを務めている間に、わたくしは城で何が起きているのか、真実はどうなのか、お母様の口からではなく自分の目で知りたいのです」
「だから、ティラに身代わりを頼んだのか」
「ええ。フリートには必ずティエラを守るよう言ってあります。だけど、危険なことにあなたの大事な妹君を巻き込んでしまって、本当に申し訳ありませんでした」
 頭を下げるイリヤに、今までの高慢な態度はどこにもない。あれは、きっとあの城で、あの母の元で、皇女たろうとして作り上げた虚像のイリヤなのだろう。そんなイリヤの気持ちが、リゼルには痛いほどわかった。解るから、屈んでそっとその肩に手を置く。
「もういいよ。だったら俺も協力する。この国が良い方へ向かって進めるといいな」
 優しく声をかけられ、イリヤは俯いたまま目の端を手でこすった。そして、勝気な笑顔に戻ってリゼルの方を向く。するとリゼルも立ち上がった。
「けど、どうやって城に潜りこむつもりだ?」
「そうですわね。とりあえず……」
 言いながら、イリヤが町の方へ目を向ける。通りの向こうで、仕立て屋の看板が風にきぃきぃと揺れていた。



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