ストレンジツインズ 兄妹と亡国の姫君 4


 先導するイリヤに誘われて、リゼルとティラは城へと向かっていた。
 その間、ずっとイリヤが無言だったので、一行は気まずい沈黙に包まれていた。もともとティラやフリートは無駄話をするような性質ではないし、リゼルまでもが不機嫌そうな顔をそのままに、一言も言葉を発さなかった。だがティラは、気を抜けば出そうになる溜息をかみ殺すのに、それなりに忙しかったりしたのだが。
 また面倒ごとになりそうだ。
 そう思うと溜息が止まらないのだ。
 兄は美人と見れば後を追う、妹が誰かに話しかけられただけで烈火の如く怒る。そしてそれがまたトラブルを起こして厄介ごとの渦に巻き込まれていくのだ。
 そもそも。
 兄と静かな旅をしようというのが、無理な相談なのだろう。
 城に辿りついたのは、ティラが遠い目でそんな結論に行き着いた頃だった。だが城が目と鼻の先になって、急にイリヤは足を止めた。
「ああ、そうですわ」
 急にそんな独り言を言ってティラを振り返り、何事かと彼女を見返すティラの前で、イリヤは身に着けていた白のケープを脱ぎ始める。そして、怪訝な顔をするティラにそれを被せた。
「さあ、行きますわよ」
 そしてまた歩き出す。リゼルは怪訝な顔をしていたが、ティラはなんとなくイリヤの目的が解ってきた。いや、解ってきたというより最初から予想はしていたのだ。それが確信に変わって、ついに堪えていた溜息を吐き出してしまう。だが、今ならフードに隠れてわからないだろう。
 ケープは暖かいがとても軽い。肌触りといい、恐らくはとても高価なものだ。あまり馴染みのないそんな感触を肌に感じながら、またイリヤの後を追う。イリヤは正門を避けると、人目を忍ぶように裏門から城の中へと足を踏み入れる。
「どうぞ。わたくしの部屋ですわ」
 通された場所でイリヤが口にしたのは意外な言葉だった。
 イリヤの高飛車な態度や口調と裏腹に、彼女の部屋は質素なものだった。確かに、敷かれた絨毯やソファの質は素人目にも良いものだったが、華やかさはない。サイドボードの上には彼女の年に相応しく縫いぐるみなどがおいてあったが、目に宝石が付いていたりもしない。町の雑貨屋に売っていそうなごく普通のものだ。そして、そもそもこの部屋自体が、城とは切り離された離れにあった。
「狭くて汚いところですが、どうぞお座りになって」
 ティラの驚きを見て取ったのか、苦笑しながらイリヤが椅子を勧める。まだ不躾に部屋をきょろきょろと見回している兄を肘で小突いて嗜めながら、ティラはケープを脱いでソファに身を沈めた。
 質素だ、と感じたのはあくまでイリヤのイメージからで――それを抜きにすれば、この部屋だって十分に広い。このソファだって、一般庶民には馴染みのない値段だろう。そんなふかふかで座り心地の良いソファに座りながら、ティラは唐突にここが離れであっても城内だということを思い出した。そして、兄がイリヤを「皇女」と呼んだことも思い出す。
 ティラはグランヴァニスという国に心当たりはなかったが、この大陸には新興国が多い。もしかして自分の態度は不敬に当たるのかもしれないと不安になったが、無理に連れてきたのは向こうなのだしと開き直る。そもそも隣の兄がもっと不遜な態度をしている時点で手遅れなのだろうが。
 さすがにフリートはソファには座らずイリヤの後ろに控えた形で、イリヤはようやく口を開いた。
「さて、最初に申し上げておきますが。グランヴァニスは30年も前の戦で滅びました。わたくしは皇女ではありませんわ」
「知ってるよ。ただの嫌味」
 組んだ足の上に手をおいて、リゼルが淡々と返す。その態度にイリヤが明らかに顔色を変えたが、堪えたようだった。自身を落ち着けるように乗り出しかけた身をまたソファの背もたれに沈め、何度か深呼吸をする。
「申し訳ありません。兄が失礼なことを」
 いくらなんでも言いすぎだとティラは兄を睨んだが、目を逸らされた。相当に機嫌が悪いようだったが、ここまであからさまに怒るのも珍しくて、イリヤよりもティラの方が狼狽してしまう。逆に完全に平静を取り戻したらしいイリヤがティラをおさめた。
「……良いですわ。そう、グランヴァニスはもう無いのです。しかしお父様は戦が始まってすぐ他の大陸に逃れ、そして戦が終わってからこのヴァニスの地に戻り国の再建を始めたんですの。その間にわたくしが生まれました」
 自分を指し示し、イリヤが一旦言葉を切る。父のことを語るイリヤの口調は誇らしげだったが、次の瞬間その口調と表情は一転した。
「…………父が過労で没したのは昨年の暮れでしたわ」
 その瞬間、さすがにリゼルも組んでいた足をほどくと気まずそうな顔をした。ティラもまた表情を曇らす。まだ家族を失った経験はティラにはないが、自分と重ねてみると想像もしたくなかった。今は離れているが、ティラは父と母が好きだ。いなくなることなど考えたくもない。
「それで、私に頼み事というのは何なのですか?」
 重くなった場の空気を取り払うように、ティラは話題を変えた。イリヤが哀しい表情をしたのは一瞬のことで、すぐにいつもの強気な顔つきになってきっとこちらを睨みつけてくる。
「だから今そのお話をしているんですの。急かさないで下さる?」
 だが、それがなんとなく空元気のようにティラには思えてきた。しかしそれを追求したところでどうしようもないし、何よりそうであっても、それを悟られることをこの少女は望まないだろう。黙って頷くと、満足したようにイリヤもひとつ頷き、話を続ける。
「父が亡くなって問題になったのは、誰が王座につくかということです。ですが問題になるのがおかしいのですわ。当然娘であるわたくしが最も相応しいのに、父の腹心が名乗りを上げたのです。……それからですわ。わたくしが襲われるようになったのは」
「……街でやたら殺気を感じたのはそのせいか」
 ぼそりとリゼルが呟き、ティラとイリヤが彼を見る。それからイリヤはすぐに確認するようにフリートに視線を移した。彼が頷くと、明らかにショックを受けたようだったが、すぐにかぶりを振って諦めたように俯く。そして、憂いを消してから顔を上げた。
「それで、ティエラ。頼みというのは……」
「私に、身代わりになれと。そう言いたいのですね」
 言葉を濁したイリヤに変わってティラが先回りする。そのことに、イリヤも驚きを示したりはしなかった。
 ティラに声をかけた時点で、ティラがそれを察していることなど予想できただろう。
 ブロンドにブルーアイ、同じような背格好と年頃。そしてその年に似合わず、大人びた容貌。
 ティラとイリヤは、ぱっと見ただけでは区別がつかないほど、よく似ていたのである。



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