ストレンジツインズ 兄妹と亡国の姫君 3


 あれだけ沸きかえった町も、暮れる頃にはいつもの静けさを取り戻していた。
 だが心に平安が訪れるのはまだ先のことになりそうだとティラが嘆息したのは、次の町へ行く馬車に乗ろうとしたこちらの手を、がしりと掴まれたからだった。
「逃げようったって、そうは行きませんわよ」
 振り返るまでもなく、声の主には想像がついた。犬みたいにリゼルが髪の毛を逆立てて唸るのに、余計に頭痛が増す。だがとりあえずはステップにかけた足を下ろし、ティラは御者に乗らない意志を示した。
 ほどなくしてがらがらと音を立て、馬車が出発する。
「……何の御用ですか」
「随分ですわね。……そこの銀髪の方がめちゃくちゃにしたお店の備品は、わたくしが弁済しておきましたわ。ついでに昼間の騒ぎも、ショーということで片付けておきました。これであなた方はお尋ね者にならずに済んだわけです。わたくしはあなた方の恩人ではなくて?」
「そうなるきっかけを作ったのは、そちらでは」
「否定はしないが、刀を抜いてまで暴れる必要はなかったのではないか?」
 答えは意外な方から返って来た。そちらに向けて視線を上げると、イリヤの隣に影のように付き従う青年が、こちらを静かに見下ろしている。名前は確か、フリートと言ったか。
「確かに強引だったのは詫びる。しかし傷つけるつもりはなかった」
「煩いな。どんな理由があろうと俺は俺以外の男がティラに触れるのは許さん」
 もしかして斬りかかった理由はそれだけかと。突っ込もうとしてやめた。多分それだけだろう、この兄の場合。
 二人の会話は、どう考えてもフリートの方が正論だった。――というより、リゼルの言っていることが無茶苦茶だ。何だか、だんだん悪いのはこちらのような気がしてきて、ティラの頭痛は程度を増した。
「解りました。兄が暴れたことについては、確かに兄が悪いです。後始末して下さったことにも感謝します。だから、話は聞きましょう。そのお願いを引き受けるかどうかは別ですけど」
 腹を決めてティラがそう告げる。リゼルの不満そうな視線を感じたが、一瞥で黙らせた。
 だがイリヤの興味を引いたのは、専ら話を聞くと言ったことではなかったようだ。
「兄。貴方たち、兄妹でしたの?」
 驚きを示すように口元に手を当て、イリヤは交互にリゼルとティラを見た。その後で彼女が口にするであろう言葉が、ティラには予想できていた。
「似てませんわね」
「よく言われます」
 苦笑するティラから視線を外し、イリヤはそれをリゼルに固定すると、軽くスカートをつまんで会釈した。
「ご挨拶が遅れましたわね。わたくしはイリヤ・マーリス・カリヌ・ミルヴァ=グランヴァニス。連れは、フリート・シルヴァス。貴方の名前を教えて頂けるかしら」
 見上げられて、リゼルは不機嫌な表情のままイリヤを見下ろした。リゼルが女性に対してそのような不遜な態度を取るのは珍しい。
「リゼル」
「……あなた方って本当に兄妹ですわね。礼儀を知らないところがそっくりですわ」
 イリヤが溜息を付き、リゼルが怪訝な顔をする。一方でティラは少し慌てていた。そっと影で兄の服を引こうとするが、イリヤに見咎められて引っ込める。
「わたくしが身元の全てを明かして丁寧にご挨拶申し上げているんですの。少しは応えようという気になりませんの?」
 ぴしゃりと言われ、リゼルが嫌そうな顔をする。だが彼はすぐに思い直したように姿勢を正し、胸に手を当て軽く頭を下げた。
「失礼致しました。リゼル・アーシェントと申します。グランヴァニス皇女イリヤ様におかれましてはご機嫌麗しく、心よりお慶び申し上げます」
 軽く皮肉を含んだリゼルの声も、その声色も口調も、まるで兄らしくなくてティラが戸惑う。だがそれ以上に驚いたのは、兄が口にしたことだった。
「皇女?」
 イリヤもまたティラと似たような表情だったのだが、ふと苦笑した。だが彼女が次に述べたのは、それとは直接関係のないことだった。
(オーア)(アーシェント)……ね。あなた方は兄妹ではなかったの?」
 暗に偽名でしょうと問いかけながらも、イリヤはそれ以上追及してはこなかった。ふ、と相好を崩して半歩引き、背後に見える豪奢な白を真っ直ぐに指差す。
「お話はあそこで致しましょう。リゼルにティエラ。異存はないですわよね?」
 問いかけのようでありながら、その実そんなもの言わせないという口調のイリヤに、リゼルもティエラもしぶしぶながら従うことにするのだった。



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