03:不釣合な迷推理


 その夜、真夏と日野はいつものラーメン屋を訪れていた。
「いらっしゃーい! ラーメン二丁ー!」
 こちらを見るなり、莉子が明るい声を上げる。
「あの、僕まだ決めてないんですが……」
 確かに日野はいつもラーメンだが、真夏はいつもラーメンというわけではない。勝手にオーダーを決めてしまった莉子におずおずとそう言うと、水を運びながら莉子がウインクする。
「どうせ佐藤さん、なかなか決められないんでしょ? だからサービス♪」
 そんなことを言われ苦笑する。勝手をされても、彼女がすると憎めない。それに、莉子の言っていることは全くもってその通りだから、反論したくともできないのであった。
「そうだ、莉子さん。聞きたいことがあったんですが……」
 日野は店主と話を弾ませており、真夏は座って水を受け取りながら莉子を見上げた。
「なんですか?」
「タバコ……って、言ってたじゃないですか。あ、先週会ったときです。覚えてますか?」
 気持ちがはやって、つい説明不足になってしまった。実は、毒が出たという電話を受けてから日野が煙草だと指摘したときから、ずっと気になっていたのだ。あのとき、倒れた池本を見ただけでタバコ、と莉子が呟いたことを。
「ああ、あの商店街のやつ? やっぱりタバコだったんですか?」
「ええ、今日煙草から毒が出たって電話があって」
「佐藤さん、そんな話一般人にしていいんですかー?」
 莉子に詰め寄られて、佐藤はのけぞった。そして少し慌てる。
「あ、すみません。でも莉子さん、最初から知っていたみたいだったから、つい」
「知ってたら犯人ですよ。あの段階では、病気かなーって思ってました」
「だったらどうしてタバコって?」
 拍子抜けしながら真夏は聞き返した。もしかしたら自分の聞き違いだったのだろうかと思い始めたが、莉子の答にそれは違うと知る。
「うーん、病気かなーと思いつつ、でももしこれが病気じゃないなら、原因はタバコかなって考えてただけですー」
「だから、それは何故?」
 再び真夏は勢いづいた。前の事件でも莉子は警察の先回りをしていたのだ。そのときはただの偶然かとも思ったが、あの段階でタバコに目をつけていたなら、やはり莉子は相当に頭が切れる。
「あの辺でタバコ吸えるとこって、あの人が出てきた店だけだから。ほら、今って禁煙ブームでしょ。でもあそこの喫茶店は古いから今でも分煙やってないんですよ。わざわざあそこ行くのはスモーカーの証拠。だとしたら直前まで口にしてたのってタバコかなーって思っただけで、大したことじゃないですよ」
 確かに話だけ聞けば大したことではないが、倒れた人を見て瞬時に色んな可能性を模索する思考は、やはり女子高生とは釣り合わない。 「莉子さんて、変わったこと考えますね」
「そうかなー? ただタバコに仕込んだならアリバイ調節もできるなーって思っただけだよ。コーヒーに仕込むなら一緒にいないと無理でしょ?」  やっぱり変わっている。
 水を一口飲んで、真夏は苦笑した。
「ところで、莉子さんって兄弟がいましたよね」
「うん。兄弟っていうか、姉妹ですけどね。三姉妹の真ん中ですよー」
 何故か得意げな莉子を見て、真夏は苦笑から苦みを消した。
「いて良かったって思う?」
「んー、まぁ正直いない方が良かったーって思うときもありますよ。一緒に住んでたら喧嘩もするし、一人っ子羨ましいーって思うこともあります。でも、なんだかんだお姉ちゃんも妹も好きですよ!」
 にこにこしながらそう言う莉子を見ると、やっぱり兄弟がいるのが羨ましくなった。
「けど、アリバイか……」
 確かに、タバコにあらかじめ毒を仕込んでおけば、旅行中の弟でも兄の殺害を企てることは可能だ。
「だから、あんまりこんなことは言いたくないんですけど……」
 不意に莉子が声を潜め、内緒話をするように顔を近づけてくる。若い女の子に接近されてどぎまぎする真夏をよそに、耳元で莉子が囁いた。 「タバコだったら、仕込んだのって身内っぽいですよね」
「な、なんでそう思うんですか?」
 返す声が上ずった。咳払いをしながら少し身を引くと、莉子はきょとんとしながらも先を続けてくる。
「だってタバコなんて、普通身につけてるものじゃないですか。一本出したら仕舞うし、貸したり預けたりもしないし。毒を仕込むにもすり替えるにも、外じゃなかなか難しいんじゃないかと思うんだけど」
「そんなもんですかね?」
「佐藤さんは吸わないですもんね。じゃあ、日野さんのタバコに毒を仕込むとしたら、どうやってやります?」
 そう言われて考えてみれば、ヘビースモーカーの日野はいつもポケットにタバコを入れている。仕事中でもだ。外出したり用を足したりするからといって、デスクに置いて行くなんてことはない。
 こういうところで食事をしたり、続けて吸うときは箱を出しているときもあるが、その場合近くに本人もいる。タバコ下さいと言ってみても、くれたとして一本差しだされるのが普通だろう。
「確かに、無理そうです……」
「でしょ?」
「莉子さんて凄いですね。莉子さんだってタバコ吸わないでしょう」
「えー、それはどうでしょう?」
 体を離し、莉子が冗談めかした声を上げる。真夏は驚いて、飲んでいた水を吹きそうになった。
「……え!? 吸うんですか!?」
 素っ頓狂な声を上げた真夏を見て、莉子は面白そうにからからと笑った。
「そんなわけないじゃないですかー」
 からかわれたことを悟り、真夏は不貞腐れたようにグラスの水を干した。
 店主に呼ばれて厨房へ戻っていく莉子を見送りながら、真夏は、日野の言うとおり弟の犯行かもしれないと思い始めていた。