FAKE ROMANCE 2



 しばし、睨み合いが続く。
 二人して襲い掛かってきそうに殺気立った目でこちらを睨みつけるレゼクトラ兄妹に対して、ティルもまた碧眼に剣呑な色を込めた。ただ、それを向けるのは、兄の方――ライゼスに対してのみだが。
「ボーヤに妹がいたとはね。全然知らなかった」
「ボーヤではない! 失礼な口を聞くな!」
 ライゼスの後ろに隠れるようにしていた少女が、飛び出して吠え立てる。ティルは彼女に向き直ると、瞳を和ませた。例え天敵の妹でも女性には優しくが信条だ。
「名乗らないのは失礼じゃないのか?」
 だが幾分棘のある言い方をしたのは、やはりライゼスの妹と知ったからだった。正論を突きつけられて、しかし彼女は少しも怯まない。
「変態に名乗る名などない!」
「おっとっと。どーゆう教育してんのボーヤ」
 半眼でライゼスをみやるが、彼もまた怯まなかった。
「――彼女の言うことも一理あるとは思いますが」
「うわぁなんつー兄妹」
 表情は動かさずに冷静に突っ込む。だがそれがまたしても少女の気分を害したようで、彼女はさらに距離を詰めて噛み付いてきた。
「レゼクトラ家は代々ランドエバー王家に仕える由緒正しき家柄だ。本来貴様程度が軽々しく口を聞くなど許されぬことだぞ! それを貴様は――」
「リーゼア」
 勢い込んで叫ぶ妹の言葉を、ライゼスは名を呼んで遮った。その声の調子が有無を言わさぬほど強かったので、思わず少女――リーゼアはびくりと肩を震わせた。いつもは愛称で呼ぶのに、きちんと名前を呼ばれたことにも軽い兄の怒りが伺える。
「その人が失礼なのは事実ですが――」
「それはお互い様じゃないのか?」
 ライゼスが口にした言葉に、ティルは苦笑した。公にはなっていないがティルは王族である。他国とはいえ、ライゼスの態度も王族に対するにふさわしいとは言い難い――、暗にそう示すティルに、それを察してなお、ライゼスは態度を改めなかった。
「――僕は家名を笠に来て威張る気はありません。あなたもそうだと思ってましたが?」
「フン。ボーヤのそーいうとこは嫌いじゃないぜ。総合して大嫌いだが」
「奇遇ですね。僕もあなたが大嫌いです」
 バチバチと両者の間に火花が散る。それは、ティルとライゼスの間では日常茶飯事なのだが、それを見たリーゼアは兄に加勢しようと身を乗り出た。
「リズ」
 しかし、その前に兄自身に止められることになる。
「レゼクトラ家の名前を引き合いに出すのはやめろといつも言っている筈です。するなら僕のいない所でして下さい」
「で、でもお兄様。お兄様はご自分を過小評価しすぎです。周りも、もっとお兄様を評価すべきなのですわ!」
 強い調子で窘められても、リーゼアは引き下がらなかった。どうしても聞き捨てならない、という必死の表情に、ライゼスが嘆息する。
「周りが評価しないということは、僕自身が評価されるに値しないというだけです。家は関係ないでしょう」
「そんなことは――」
「リズがそういう僕の生き方を否定したいなら、それも別に止めませんよ」
「お、お兄様、違うんです。わたしはただ」
「ですが」
 逆説を繋いで、ライゼスはしどろもどろになった妹から視線を外し、面白そうにこちらを観察しているティルの方へ目を向けた。
「どーいう経過であーいう事態になったのかを説明してもらうのにこの話は全く関係ありませんので、もうよしましょう」
「ボーヤってばなかなかに苦労人だなぁ」
「僕の苦労の九割を担うあなたが言いますか」
 腕を組んでそうのたまえば、ぴしゃりと切り捨てられる。説明を求められて、ティルは困った表情をした。
「そんなこと言われても、俺もいきなり襲われたんだ。まず俺がその理由を知りたい」
「う、嘘です! リズはそんなことしていません!」
 ティルの言葉を聞いて、ライゼスは再び妹へと視線を戻した。すると、うるうると涙ぐんだ目で見上げられた。それを見て苦笑するティルとを交互に見て、ライゼスは頭を押さえた。
「……困りましたね」
「何が」
「こういうときの妹はまず嘘をついてます」
「まあ事実嘘だもんね」
「でもそれ以上に僕はあなたを信用してません」
「あっそ。まー別に俺もボーヤに信用されたいと思わないしいいけどね」
 急に馬鹿らしくなって、ティルは欠伸を噛み殺すと踵を返した。
「待て! まだ話は終わってないぞ!」
「アホらし。昼寝でもしてた方が有意義だ」
 むしかえされたら困るのはそっちだろうに、と思いながらもひとまず飲み込む。だが、ティルが去りかけてようやく収まろうとしていたその場は、新たな闖入者によってさらなる波乱を呼ぶことになるのだった。