太陽の騎士姫 2



 ガシャン、と派手な音が室内に響く。セラが抜き放った剣がシャンデリアをかすめ、装飾が割れたのだった。
「危ないよ、セリエラ」
「そこを退け!!」
 クラストが顔をしかめたが、セラは無視して剣を構えた。こちらに歩み寄ってくるクラストを、本気で斬るつもりで重心を落とす。
「やめなよ。ボクに勝てないのは解っているでしょ? それに、この城でボクを傷つけても、ランドエバーの立場が悪くなるだけだ」
「人を脅して強引に連れてきた者が何を言う!」
「考えてみなよ。浅慮なキミと、ボクと。周囲はどちらの言葉を信じるだろうね? ボクはリスクを覆す自信があるからこそ、この強行策に出てるんだ」
「――父上は、私を信じて下さる筈だ」
 依然構えを解かないまま、セラが呟く。少しでも隙があれば躊躇なく踏み込むつもりだったが、彼は隙を見せなかったし動揺もしなかった。
「そう。あくまでもキミが真実を貫こうとすればルートガルドとランドエバーの全面戦争になるね。勝ち目はないけど……別に死ぬのはボクじゃなくて兵士だし。この下らない国が滅びたらボクの計画も頓挫しちゃうけど、まあいいよ。また始めればいいだけだ」
 結局動揺して隙ができたのはセラの方だった。だがその隙に、クラストがとくに動きを見せることはなかった。いつでも御せると思っているのだろう。そう悟って、セラは踏み込んだ。かっとしたわけではない。だが見せもしない隙をうかがって手をこまねいていてもどうしようもないと思った結果だった。セラの一撃をクラストが身を捻って避け、調度品が派手な音を立ててセラの剣を受ける。
「落ち着きなよ、セリエラ。簡単なことだ。ボクに力を貸してくれればいい。そうすれば余計な血は流れない。ライゼスもティルフィアも死ななくてすむ。世界ももっと素晴らしくなる。キミにとって悪いことはひとつもない」
だがクラストの余裕の笑顔と声は、次の瞬間凍りついた。ひゅ、と風を切る音と僅かな痛み、そしてハニーブロンドがはらりと数本舞う。
「ああ、私は落ち着いているよクラスト。もう惑わされない」
 剣を繰り出した姿勢のまま、言葉の通りセラの声は冷静だった。
「退け、クラスト。私は誰の物にもならないし、誰も失わない」
 まっすぐなその瞳に曇りはない。眩しいくらいのそこにある光に、クラストは手を握り締めた。

 ――あの瞳は穢せない。

 嘲笑った言葉が、やけにうるさく頭に響いて、クラストは舌打ちした。思い通りにならないことほど、彼を苛立たせることはなかった。物心ついてから今まで、浅はかな人間はすべて人形の如くに動いたというのに。彼女とて、その一人にすぎない筈だった。綺麗で眩しいものこそ弱いものだ。それが壊れ、曇る瞬間こそ湧き立つような歓喜があるというのに。
「……不愉快だ」
 表情を凍らせて、クラストもまた剣を抜く――だが。
「クラスト!」
 扉の向こうから呼ぶ声に、クラストはさらに表情をこわばらせた。それは、兄の声だった。
 ドンドンと、激しく何度も扉が叩かれ、その都度クラストの顔が強張っていく。
「今の音はなんだ? そこにいるのか、クラスト! セリエラ王女!」
 セラも最初は呆然としていたのだが、そこにいるのがシヴィリオだと気付き、千載一遇の好機に感謝した。剣を構えたまま、息を吸いこむ。
「シヴィリオ王子! 私をここから出して下さい! お願いします!」
 叫んだ瞬間に、クラストが物凄い形相でこちらを睨んだ。その手が刹那のうちに剣に伸びてこちらに向かい、だがそれに劣らぬ速さで動いたセラの手がその一撃を止める。重い金属音が部屋に響いた。
「ここを出てどうする気だ、セリエラ。ボクを怒らせたいの?」
「貴様が先に私を怒らせたんだ」
 止めた剣がクラストに打ち払われ、指先が痺れる。だがすぐにセラは動いていた。一瞬でも集中を崩せばそれが負けに直結する。だが負けることも自分が死ぬかもしれないことも、そんなことは大したことではなかった。だけどここでは倒れられない。その気持ちだけがどこまでも立ち向かう力になっていた。
「ラスはずっと私の傍で私の盾となってくれた。だから私はラスの剣になるのだと、どこにいても必ず守ると誓ったんだ」
 再びセラが踏みこみ、剣を振りかぶる。今度は逆にクラストがそれを受け、拮抗する。力で押し切ろうとされて、セラは刃を立てて角度を変えた。力の方向が流され、押し切ろうとしたクラストが逆に押される形になる。舌打ちして受け流そうとするが、セラの剣はそれを許さなかった。
「ティルはずっとたった一人で戦ってきた。だからもう二度と一人にしないし哀しませたりしない。エドと約束した!」
 クラストの剣を跳ね上げて、それと同時にセラが斬り込む。紙一重でそれを避けるも、またセラの剣は頬を掠めて赤い筋を刻み、クラストは顔を歪めた。セラのスピードは前より早く、繰り出してくる剣は前より鋭い。何故、とその唇が紡ぐ間に、再びセラが剣を構える。
「私は守護神の子――ランドエバー聖近衛騎士団第九部隊、セリエス・ファースト。父上と我が国の名にかけて、守ると誓ったものは必ず守る。二人ともこんなことで失いやしない、絶対にだ!!」
 その一瞬、セラの姿が自分よりも大きく見えて、クラストは軽く頭を振ると瞬きを繰り返した。だがすぐに笑みを取り繕う。どんな時だって、自分の力で思うように動かしてきた。もっと大きな力も権力も、ずっと自分の意のままだったのだ。理想を謳うだけの籠の鳥が、自分に従えぬ筈はない。
「……所詮キミも浅はかな人間だセリエラ。目の前のものしか見えない。自分の痛みしか見ないんだ」
「浅はかだの浅慮だの短慮だのはお墨付きだ!」
 それなのに、再び仕掛けた精神魔法はあっさりと切り捨てられた。激しい音がして扉が開かれたのは、丁度そのときだった。