セラとライゼス 5


 部屋に戻ると、セラはあらかた片付けを済ませていた。
「遅くなってすみません。ほとんどやらせてしまいましたね」
「別に、荷物そんな多くないし、謝られるほどのことじゃない」
 ぶっきらぼうに告げてから、セラは少し考えるそぶりを見せ、そして小さく息を吐いた。
「……謝るのは私の方だ。さっきはすまなかった。責めているわけじゃない」
「わかっています。それこそ、謝られるほどのことじゃありませんよ」
 セラの謝罪に、ライゼスは笑顔で答えた。ばつが悪そうにしていたセラが、ほっとしたように表情を和ませる。
「ラスに感謝しているのは本当だ。ラスが取りなしてくれなかったら私は騎士にはなれなかった。今回の任務もなかっただろう。ついてくるなとは言ったものの、船に乗る手続きとかも 私一人じゃままならなかった。今は心強いよ」
「無理に持ち上げなくてもいいですよ」
 いざそう言われると気恥ずかしく、思わず茶化してしまうライゼスだった。
「ええと、では、少し今後の話をしておきましょうか。心強いと言って頂けるのはありがたいんですが、本来僕は姿を見せるはずではなかったんです。今後は影に徹しますので、セラは 僕が動くような事態のないよう慎重に行動して下さいね」
 いつにも増して真剣にこちらを見据えてくるライゼスの眼差しに、セラは黙って頷いた。
「まあ、そんなに危険を伴う任務ではないですが……、まずこの任務で一番の課題となるのが、リルドシア王の信用を得ることですね。僕はセラの強さを知ってますが、客観的に見てセラはちょっと若すぎます」
「それは私もわかっている。その辺については、私も幾つか対策を考えているよ」
「そうですか。ならいいです」
あっさりと引き下がるライゼスに、セラはいささか拍子抜けしたような顔をした。
「てっきり、どうするつもりかくどくど聞いてくるのかと思った」
「基本的には信用してますから」
 セラが腑に落ちないという表情をする。
「だったら説教ばっかりしないでくれ」
「そしたら、僕が喋ることがなくなるじゃないですか」
 困ったように笑うライゼスを見て、今更ながらセラは、小言がライゼスなりのコミュニケーションだということを理解した。
「……これからは、あんまり怒らないようにするかな」
「え?」
 セラの呟きは小さすぎて聞き取れず、ライゼスが聞き返す。だがセラは違うことを口にした。
「いや、それより。別行動していて、はぐれてしまわないのか? 向こうの都合で出立日が遅れたり、最悪ルートが変わったり、不測の事態がないとは言い切れないぞ」
「たぶん、大丈夫ですよ」
 がくんと船が揺れる。港についたのだろう。
 自分の荷物を手にしながら、このもっともであるセラの疑問に答える。
「ルートが変わっても、最悪港は通ります。陸路では時間がかかりすぎますからね。リルドシア・スティン間の海路を避けるなら、ラティンステル大陸を横断しなきゃいけなくなる。そんな労力を使わなければならない理由もないでしょう?」
 確かに、わざわざ海路を捨てて旅を長引かせる理由はセラにも思いつかなかった。
「……それに、僕にはセラのだいたいの居場所がわかりますから」
「えっ、そうなのか? なんで?」
 初めて聞く話に、セラが驚いたように身を乗り出す。
「簡単に言うと魔法の力、ですかね。セラの持つ魔力を探知すればおおよその位置は解ります」
「私は魔法を使えないが、魔力などあるのか?」
 もともと衰退傾向にあった魔法の力だが、ここ数年で、さらにその現象には拍車がかかっている。十数年前は、種火を起こすことぐらいなら子供にでも見よう見まねでできたものだが、今はそれすら難しい。
「魔力は誰にでもありますよ。魔力があることと魔法を使うことは別のことです。詳しく説明すると……精霊魔法の原理からになりますが、聞く気ありますか?」
「いや、ないです」
 身を乗り出したまま即答したセラを半眼で見ながらも、その答えはライゼスも想像はしていた。何せ、セラは家庭教師が匙を投げるほどの勉強嫌いなのだ。
「では、下船しましょうか」
 ライゼスは溜め息を押し殺すと、船室の扉に手をかけた。