4.


 ヒューバートに対して勢いよく啖呵を切ったのはいいが、依然としてティルを捜索する当てなどなく――ライゼスはどこに足を向けるかを決めかねていた。もし本当にリルドシア王がティルを連れ去ったのだとしたら、おそらく悠長にしている時間はあまりないだろう。
 リルドシア王の状態を考えれば、レアノルトまで来られただけでも奇跡的だ。ティルに抵抗できないわけがない。かといって、王と共に国に帰ったところで混乱を招くだけだ。ならば、彼がどうするか。真っ先に考えられるのは――
(リルドシア王はもう長くなかった。あの人は消えたがっていた……なら、あの馬鹿はきっと)
 最後の親孝行として共に死ぬ道を選びかねない。
 焦燥が思考を蝕んで行く。それを感じて、ふと疑問が生まれた。何故自分は焦っているのか、その二人が死んだところで、自分に何か不利益があるのだろうかと。
 その疑問を消したのは、先ほどの父の言葉だった。

 ――いつまでも模範的優等生で恐れ入るよ。

 言われたときはカッとしてしまったが、今なら冷静に否定できる。
 違う。優等生だったなら、感情に任せた行動を取ったりしない。そこまで考えて、ふとライゼスは顔を上げた。建物の向こうの二つの気配に気が付いたからだった。
「……セラ、それにリュナ。そこにいますね」
 声をかけると、申し訳なさそうにツインテールを垂らしたリュナが姿を現す。そして、その後ろからは右手を固定具で釣ったセラが現れた。こちらは普段と変わりなく見える。
「すみません、ライゼスさん……」
 リュナの様子では、恐らくヒューバートとの話は全部聞いていたのだろう。リュナのせいではないとはいえ、ライゼスは額を抑えた。ますます恐縮するリュナの前に、だがセラが庇うように進み出る。
「リュナが謝ることじゃない。……隊長は先に私のところへ来ていたが、何も話して行かなかった。気になって当然だろう。リュナは止めたが、止めても無駄なのはお前が一番知ってるだろう?」
「えばって言うことじゃありませんね。けど……」
 そうなればセラが気に掛けるであろうことは、ヒューバートにもわかるはずだ。恐らく彼はセラが聞いていることもわかっていただろう。父のペースにはめられてライゼスは気付くことができなかった。何が悪いと言えば、それが悪かった。
「……どこまで聞いてましたか?」
「通りが煩くて、全部は。でもティルが何をやらされてたのかは大体わかった。お前が分隊と話していたのもその件なんだろ?」
 ライゼスは答えなかったが、セラはそれを責めも詰りもしなかった。もっと追求されるかと考えていたライゼスの予想に反して、左手だけで肩を竦めて、彼女はあっさりとその話を終わらせた。
「いいさ、私に言えないならそれでも。だがティルを捜しに行くなら私も行く」
「駄目だと言ってもどうせ来るんでしょう」
「いや、お前が駄目だと言うなら従う」
 珍しく殊勝なことを口にしたセラに、やはりそれを喜べず、ライゼスは彼女の目を真っすぐに見返した。
「父上が言ったこと、気にしてるんですか」
「……それくらいは聞かなくても自覚している。お前に迷惑かけてることも、ティルを傷つけてることも……全部わかってる」
「やっぱり気にしてる。だからそれはどちらも間違いです。あの人だって、一言でもそんなこと言いましたか?」
 一瞬だけセラは逡巡したが、やがて首を横に振った。それでも何か言いたげな彼女に、ライゼスが畳みかける。
「なら、そのまま受け取っていればいいんです。言葉の裏なんか探っていたらキリがないですよ。……一緒に来ても構いませんが、右手は使わないこと、大人しく僕に守られていることが条件です」
「……わかったよ」
 そうは言うものの、いつも左に携えている剣を右に直しているあたり、何かあれば彼女は左手一本でも戦うだろう。セラの利き腕は右だが、右手を負傷しても戦える訓練くらい彼女ならしている筈だ。その熱心さを何割かでもいいので他の勉強に向けてくれないか、などとは今更である。
「ライゼスさん、あたしもご一緒していいですか?」
 言いそうな気はしていたものの、リュナの申し出を快諾するのも難しく、ライゼスは言葉を濁した。
「気持ちはありがたいですが……リュナは深入りしない方がいいのでは。スティンに迷惑がかかるかもしれませんよ」
「ティルちゃんの事情なら、クラストさんの言動でとっくに想像ついてますよ。あたしが気が付かないフリしてたことくらい、ライゼスさんにはわかってたでしょ?」
「ですけど……」
「それでもあたしをのけものにするって言うなら、いいですよ。あたしティルちゃんの行方見当ついてますけど、教えてあげませんから〜」
 そっぽを向いたリュナの肩を、思わずライゼスは掴んでいた。その勢いと、見たこともない彼の表情に、駆け引きも忘れてリュナが答える。
「……ライゼスさん、貧困街(スラム)には行ってないでしょう」
「レアノルトにスラムなどあるんですか?」
「スラムはどこにだってありますよ。でも、ライゼスさんの身なりじゃあ入れてはもらえないでしょうね。どうします、魔法で吹っ飛ばして強行突破するんですか? あたしの魔法なら騒ぎを起こさずにティルちゃんを捜せますよ?」
 もういい、というようにライゼスは片手でリュナを制した。
「僕の負けです。でも何を見ても聞いても忘れて下さいよ」
「得意です!」
 ピッと手を上げて、リュナは駆けだした。
「急ぎましょう、スラムはこっちです!」
 案内するリュナの後について、セラとライゼスも駆け出す。祭りの余韻も人の波も、そろそろ辺りから引き始めつつあった。