9.



 ――ブレイズベルク領への道中。レアノルトで宿を取ったときのこと。
 部屋は四つ手配されていたが、一人で手持無沙汰だったティルはセラの部屋へ向かっていた。そして、同じようにセラの部屋に訪れようとしていたライゼスとばったり出会った。
「……なんだよ」
「……なんですか」
 刺々しい視線と声を交わし、しばし二人は睨み合う。
「用もないのにセラにまとわりつかないでくれます?」
「自分はどうなんだよ?」
「明日のことで色々確認したいことがあるんですよ。用はあります」
「明日のことなら俺も聞いてたっていいだろうが」
 そんな、いつもと同じようなやり取りをしながら、セラの部屋の前までたどり着く。しかし、中から会話が聞こえてきて、ライゼスはノックの手を止めた。

「二人も婚約者がいるのに、ですか? 大体、お兄様のことはどう思っているんです」

 リーゼアの声だ。

■ □ ■ □ ■

「……ティル。ティル!」
「……んー……」
 揺り起こされて、ティルは目を開けた。その視界いっぱいにセラの顔が広がって、ガバリと飛び起きる。状況がつかめない。
「……姫様。一体何が?」
「その喋り方やめろ。今は他に誰もいない」
 ティルにそう問われて、セラは状況を説明しようとしてやめた。気を取り戻してすぐでもボロを出さないのはさすがだとも思ったが、あまり褒める気にもなれない。
「……他にいないだって?」
 しばらくは辺りを気にしていたティルだが、実際に気配がないことに気が付いて焦った声を上げた。セラと二人きりなどという状況は多いに彼を困らせたが、周囲の景色にも戸惑いを隠せなかった。
「ていうか、ここどこ?」
 さきほどまでブレイズベルク城にいたのに、今いる場所は城内の様子とは全く異なっていた。床は複雑な文様が刻まれており、淡く発光している。壁にはところどころ土が見えており、天井は暗く、ティルの目でも何も見えなかった。
「それが、わからない。どこかに飛ばされたようだ」
「飛ばされたって……なんで?」
「わからないよ。玉座に触れたら急に光に包まれて」
 ティルは宙を睨みながら、床の文様を見つめながら玉座の文字を思い返していた。書かれていたのは確か『我に光を』というような文言だ。
「……光……か。ランドエバー王家の血が遺跡と共鳴したのかな……」
「どうしよう?」
「俺に聞かれても。考古学かじったことはあるけど、1800年代の遺跡のことなんかさっぱりだよ」
「私なんてかじってすらいないよ」
「一般教養くらいやっておこうね」
 とても褒められないことを堂々と述べるセラに、思わずティルは突っ込んでしまった。だが、こういう事態になってしまっては、かじったのもやってないのも同じだ。
「光が鍵なんでしょ。そのうちボーヤがなんとかするんじゃないの」
 光魔法の扱いにかけては、セラよりもライゼスの方が遥かに長けている。投げ遣りに言うティルに、セラも「そうだな」と認めた。
 結局それ以外に思いつくこともできることもなく、二人床に座ったまま、沈黙が訪れる。
「……何か話せよ」
「何かって、何を」
 顔も上げずにティルが短く答える。
「なんだよ……領主や貴族とはペラペラ喋ってたくせに、私とは喋ることがないとでも?」
「どうでもいい社交辞令や社会情勢でも喋って欲しいの?」
「……何を怒ってるんだ」
 ここにきて、ようやくセラはティルの様子がいつもと違うことに気が付いた。彼がこんな気のない態度を取ることなど今までなかった。
「別に、怒ってないし……」
「じゃあこっち見ろよ」
 それどころか、顔すら上げない。目も合わない。
 セラの声が苛立ちをはらむと、ティルは溜息をついて立ち上がった。
「ちょっとその辺調べてる」
「話聞けよ! それとも私より遺跡に興味が!?」
 叫んでしまってから、セラは赤面した。まるで子供のようなことを言ってしまったという自覚はあった。しかし、いつも放っておいてもまとわりついてくるティルがこんな様子だと、どうにも調子が狂ってしまう。
「なにそれ……」
 ようやく、ティルはセラの方を振り向いた。しかし、冷めた碧眼に見られてセラは尻込みした。そして、うなだれた。
「……すまない」
「何が?」
「今回みたいな公務が増えれば窮屈だろう。ティルにはリルドシアに帰る道もあったのに」
「そーだよ。別に俺が一緒にいる理由はないんだから、帰れって言えば良かったんだ」
 カッとしてセラは顔をあげた。顔が熱くなるのは、怒りか苛立ちか何なのか、自分でもわからないでいた。モヤモヤした感情が胸にうずまいて、セラは立ち上がるとティルの方へ歩き出した。
「私は……ッ!」
 そのとき、カチッという小さな動作音がした。その微かな音にセラが足を止める。ゴォッという音が耳に届いた瞬間、セラは反射的にその場を飛びのこうとして――そしてドレスの裾を踏んだ。
「……ッ」
 冷や汗が背中を伝ったのは、目の前に巨大な刃が突き刺さった後だった。直前に突き飛ばされて体が後方に傾いた、その刹那のこと。床に倒れてからも暫く体が震えて動けなかった。頭上に蠢く闇が途端に恐ろしくなる。あと一瞬遅かったら確実に命はなかっただろう。誰かが突き飛ばしてくれなければ――
 と、そこまで考えてはっとする。誰かなど、他にここには彼しかいない。刃の向こうに倒れているティルに気が付いて、セラは震える足に力をこめた。
「ティル! 大丈夫か!?」
「来るな!!」
 ティルが叫び、その強い語調にセラが動きを止める。それを確認してから、ティルはなるべく穏やかな声で言葉を継いだ。
「迂闊に動かない方がいい。俺は大丈夫、ちょっとかすっただけ」
「でも、手当しないと」
「自分でできる。本当に大したことないから」
 今にも走り出しそうなセラを視線で制して、ティルは自分のマントを外すとそれを裂いて止血を始めた。 「済まない、私のせいなのに……。何かできることはないか?」
 うなだれるセラに、ティルは止血の片手間に「うーん」と考えるそぶりを見せた。
「そうだな。もう少し色気のある下着をつけてくれれば」
「ば、馬鹿!」
 さっき下着姿を見られたことを思い出し、今度は羞恥のためにセラは耳まで赤くなった。それを見て、ティルが笑う。
「冗談。それよりさっきはごめんね、セラちゃん。ちょっと疲れてたんだ」
 いつもの口調といつもの呼び方が聞こえて、セラはまだ赤い顔を安堵に緩ませた。