SUMMER ROMANCE 9



 かくして、リュナはシェリルを伴い、スティン城へと舞い戻っていた。もともと王都にいたのだから、城までそう時間がかかるわけでもない。大叔父が多忙なのは解っているが、それでもリュナは執務室の扉を叩いた。
「大叔父様。リュナです。入っていいですか?」
「リュナ? 構わないが……」
 返ってくる声が戸惑っているのも無理はない。朝、セラがリュナをランドエバーに連れて行くと挨拶したばかりだ。大叔父――即ちスティン国王アミルフィルドは、何の疑いもなくリュナはランドエバーに向かっているものと思っていただろう。
 案の定、こちらを見るなり彼はそう問いかけてきた。
「セリエラ王女も。ランドエバーへ向かったのではなかったのか?」
 シェリルは、後ろに隠れるようにして出てこない。だが姿が見えたのだろう。王が益々怪訝な顔をする。
「その予定でしたが、どうしても大叔父様に聞きたいことがあって」
「私に?」
 質問の予想がつきかねるのだろう。だが、ついたとして、絶対にそれは正解ではないだろう。そんな質問を、小さく息を吸って、リュナが唇に乗せる。
「シェリルさんというひとをご存じですか?」
 王の顔色が変わったのは、決して気の所為ではないと。ことリュナは、それをはっきりと感じ取っていた。そしてほっとしたように笑う。
「良かった。覚えていらっしゃるんですね」
「どこでその名を?」
「実は……」
 血相を変えて立ち上がった王に、リュナは事の顛末を説明しようと口を開いた。だが、唐突に前に進み出たシェリルによってそれを阻止される。
「アミルフィルド国王陛下。シェリル・フォーンという女性から、伝言を預かっております。お聞きいただけますか」
 手で制され、リュナは黙ってシェリルを見上げた。凛とした表情をする彼女は、今までみせたどの表情ともまた違う。強いて言うなら、恋をしたいのだと告げたあのときの目と近かった。――セラが戻ったのかと錯覚するほど、強い瞳だ。
 ゆっくりと頷いた王に、シェリルが一句一句、かみしめるように告げる。
「――体が朽ちようとも、ずっとお慕いしておりますと」
 だが言い終わると同時に視線を外した彼女のそれは、酷く弱々しく、そして儚かった。そしてそのまま踵を返そうとする彼女の肩を、だが国王は咄嗟に掴んで止めていた。
「待ってくれ。彼女は――、シェリルは生きているのか!?」
 シェリルの瞳が泣きそうに瞬く。だが、その体はシェリルのものではなく、ここで泣いたら絶対におかしい。もし、彼女が名乗るつもりがないのなら。
 はらはらとリュナが見守る中、だが彼女が涙を落とすことはなかった。
「……死にました。あの戦で、とうに」
 彼女の答に、国王は机越しに掴んだ手を離すと、力を失ったようにどさりと椅子に身を戻した。
「そうか。……そうだな。もし生きているのなら、私も伝えたいことがあった。だが過ぎた望みか……。全ては己の罪業だ」
 ぶつぶつと国王が呟く。部屋を出ていこうとするシェリルの腕を今度はリュナが掴んだ。そして、国王の方を振り返る。
「聞かせて下さい、大叔父様。もしもシェリルさんが生きていたなら、何を伝えるつもりだったんですか!?」
 見下ろしてくるシェリルの瞳が、聞きたくないと告げている。鋭敏なリュナだから、目を見なくてもそんなことは伝わっている。それでもリュナは首を振ってそれを振り払った。そして、じっと王の言葉を待つ。
「――救いたかったと。シェリルは不思議な力を持っていた。だが、人が持つには過ぎた力だ。その力から解放したかったが、それが逆に彼女には重かったのかもしれないな……。一人の女も守れない私が国を守れるわけもなかった……」
 王の、澄んだ優しい目はこちらを向いているが、きっと見ているものは違うものなのだろう。そんな目つきで、王は言葉を続ける。
「そんな私が今更なにも言えやしないが――もし、伝えられるのならば」

 そして、王が紡いだ言葉は。

 ■ □ ■ □ ■

 王城を出ると、シェリルは空を掴むように両手を伸ばし、大きく伸びをした。
「ありがとう、リュナ。でもよく解ったわね。わたしの好きな人が」
「イメージが見えました。シェリルさんが器を持たないから、直で伝わってくるんです」
 そう、とシェリルが答える。ふっきれたような笑みに、もう突き刺さるような哀しみはない。
「シェリルさん、よかったらリュナ達と一緒にランドエバーに来ませんか? その、力を消す専門の人。ライゼスさんも最初に言ってたでしょう? ランドエバー王のご友人なんです。あたしのパパとも友達だし、とても良い人ですよ」
「ありがとう。でも気持ちだけ貰っておくわ」
 ふわ、と。
 光が舞った気がして、リュナは顔を上げた。太陽光とは違う、もっとやさしくて儚く、美しい光だ。
「……自分で逝けそう」
 その光がシェリルを――セラの体を囲んでいた。光はひときわ眩く輝き、そして薄れてゆく。
「ねえ、この子、見守ってあげてね。強い心なんて、恋の前では却って脆かったりするものよ」
「わかってます。あたし、マインドソーサラーだから」
「でも、まだ若いわ。あなたも気をつけなさいね」
 その言葉を最後に、光は消えた。力を失って崩れ落ちるセラの体を支えていると、遠くからセラの名を呼ぶライゼスとティルの声が聞こえてくる。
「はぁ、あたし怒られちゃいそうです」
 セラを支えきれず座り込みながら、リュナは笑った。

「あたしも、心がわかんなくなるくらい夢中で素敵な恋、してみたいなあ」