SUMMER ROMANCE 7



「きゃー、いやー、怖いー!」
 唐突に縋りつかれ、リュナがぽやっとした顔をし、その相手を見る。
「そんなお姉様も可愛い……」
 だがそう思うのはリュナだけのようで、ライゼスとティルはなんとも微妙な表情をしていた。ちなみに、状況としては柄の悪い男とシェリルの肩がぶつかっただけだ。既に海からは移動し、昼も回ったのでとりあえず昼食をといったところだった。
「おい姉ちゃん、ぶつかったのはそっちなのにその言い草はないだろ?」
 柄の悪い男は、見た目どおりのチンピラだったようで、キャーキャー騒ぐシェリルに対して絡んでくる。シェリルがセラの私服を拒んでスカートを身につけているのもあるだろうが、内股できゃーきゃー言っていれば一応女性として認識されるようだ。ライゼスがそんな冷静な分析をする前で、リュナがヒーロー気取りでチンピラに刃向かいだす。傍から見ていればなんの喜劇だろうと思うが、放っておくわけにもいくまい。
 そんなこんなでライゼスが間に入りかけるが、その前にチンピラの方が動いた。
「お、こっちの姉ちゃんの方が上玉じゃねえか!」
 そのセリフに、必要がなくなったことを知って足を止める。
「俺に触んな!」
 ティルが刀を抜くのが視界の端に留まって、ライゼスは頭を抱えた。
「……いつまで続くんですか、この茶番は」

 一騒ぎも二騒ぎもあった後、ようやく一行は遅い昼食を終え。
「だからあ、目的を果たしたら出ていくって言ってるでしょお。そんなに睨まないでよ」
 増えていくライゼスの眉間の皺に対し、シェリルが文句を言う。その隣で、凄い勢いでテーブルいっぱいに並んだスイーツを平らげながら、リュナがシェリルをまあまあと諌めた。
「そんなにライゼスさんを怖がらなくてもー、ぱくもぐごっくん、いきなりシェリルさんを消したりはしないですよ。ばくばくもぐごっくん、ライゼスさんは優しいから」
「そーか? 俺はボーヤの優しい一面なんか見たことないぞ」
「それはティルちゃんの自業自得でしょう」
 半眼で唸るティルを、リュナがアイスの乗ったスプーン片手に小突く。
「ね、ライゼスさん。シェリルさんを消したりしないですよね」
「いや、ボーヤはセラちゃんが関わると容赦ないぞ」
 それでも心配そうなリュナと、疑わしげなティルの両方に、はぁ、とライゼスはため息をついた。その二人よりも、問題は。
 シェリルにじっと見つめられているのに気付き、さっきよりも深く長いため息をつく。厄介事はごめんだというのに。一刻も早く城に帰りたいというのに――別人と知っていても、そのアイスグリーンの瞳は刺さる。昔から組み込まれている感覚には逆らえない。
「その目でこっち見ないで下さい。……解りましたよ消しません。でも早く終わらせて下さい」
「ほら、消すつもりだったんじゃん」
 含んだティルの声に、そちらに一瞥をくれる。
(よく言いますよ、けしかけてるくせに。容赦がないのはどっちですか)
 シェリルとリュナの手前その言葉を飲み込んで、彼から目を背ける。そしてライゼスは椅子を鳴らして席を立った。
「書簡を出してきます。でもそう長くは待ちませんよ」
「ライゼスさん、ありがとうございますー!」
 ぱっとリュナが笑い、シェリルが幾分かほっとした顔をする。ティルは十中八九不満なのだろうが知ったことではない。不本意なのはこちらとて同じだ。だが、それ以上に不本意なことをリュナが口に出してくる。
「あ、ライゼスさん。ついでにティルちゃんも連れていって下さい」
「はぁ!? なんで俺がボーヤと行動しなきゃいけないわけ」
 同感なのでライゼスも嫌そうな顔をする。リュナはスプーンを置くと、その両者を睨みつけた。
「今後の対策を立てます。つまり、女同士の話をしたいんです。文句あります?」
「大有りだ!」
「……そうですか」
 ティルが即答すると、リュナはあっさりと引いた――ように見えた。にこっと笑う隻眼に、怪訝な顔をするティルの前でリュナが手を突き出す。

精神支配(ソウルコマンド)

 その手を薄青い光が包み込み。
「言うこと聞きますか、ティルちゃん?」
 従順に頷くティルを見て、満足げにリュナが笑う。その笑みをそのまま向けられ、ライゼスはぞっとした。一番容赦がないのは、リュナだ。
 そんな結論を導き出しつつ、ライゼスはティルを伴って店を出た。