SUMMER ROMANCE 5



 4人がそれぞれに落ち着きを取り戻すには、少しの時間が必要だった。その間、3人の注視を受けて、セラはライゼスの方を警戒するように彼とは少し距離を置き、内股気味に座っていた。おどおどとした表情といい座り方といい、姿はセラなのだがまるでセラには見えない。
「んーと……要するに、幽霊さんってことでしょうか」
 おずおずとリュナが声を上げると、セラ(に乗り移った誰か)はリュナの方を向き、こくこくと何度も頷いた。
「多分そういう感じです。こないだここで戦争あったでしょ? あのときに死んじゃったんです」
「こないだって……、戦争からもう20年以上は経ってますけど。それに、死んじゃったってそんなどえらい軽い」
 幽霊と知って青ざめていたリュナだったが、あまりに軽い調子で言う彼女に、恐怖はあまり感じなくなった。どうにかリュナもいつもの調子を取り戻しつつあり、ライゼスは相変わらずのしかめ面だったが。
「幽霊なんて、んなもん実在すんの?」
 ティルだけがいつものペースを取り戻せず、釈然としない顔で唸り声をあげる。
「……まあ、なくはないですよ。聖戦の頃は、まだ稀に力の強い者が生まれることがありましたし、そういった力を持つ者は器を失くしても力が残ったりするんです。陛下のご友人に、そういう力を消滅させる人がいらっしゃいました」
 その疑問にライゼスが答えたのは、ティルの為というより自分の考えを整理する為だったが、ティルに意外そうに見られたのに気付いてライゼスはついでに補足もしてやった。
「伯爵の城にはゾンビがいたでしょう。衰退してても魔法などの目に見えない力が存在している以上、アンデッドだってなんらかの形で存在しますよ。幽霊とか言うと俗っぽくて、あなたが信用できない気持ちもわからなくはないですがね。ただ」
 説明してもティルの表情はおよそ納得したようには見えなかったが、ライゼスとて全てを理解している訳ではない。
 改めてセラの方へ向き直ると、ライゼスは目を細めた。それに気付き、彼女が小さく悲鳴を上げる。
「普通のアンデッドなら、さっきので倒せた筈です。それに、乗り移ったところでこんな真昼間の炎天下に出てくるのもおかしいです。なんだかよくわからない存在ですね……」
「な、何よよくわからないって! ていうか十分死にそうだったわよ! いきなり何するのよ死んだらどうしてくれるのよ!」
「さっき死んじゃったって自分で言ってたのに」
 やはりライゼスには近づかないままだったが、凄い剣幕で怒鳴るセラにリュナが突っ込む。
「……男言葉は直らないものかと思っていましたが、いざ女言葉を使われてみると物凄い違和感」
「ってライゼスさんの突っ込みどころはそこなんですか」
 突っ込みに忙しくなったリュナと、考え込むライゼスは話をそれ以上進めてくれそうになかったので、仕方なくティルは口を開いた。とりあえず、セラが普通の状態でないのは確かだ。それだけは受け入れ難くとも認めてどうにかするしかない。
「んー……とりあえず君の名前は?」
 ティルは座り込むセラと距離を詰め、その目の前にしゃがむとそう尋ねた。すると、拗ねた表情のままセラが答えてくる。
「シェリル」
「シェリルちゃんね。俺はティル、君が取り憑いてる子はセラちゃんで、こっちの女の子がリュナちゃん、あっちのはボーヤ。とりあえず、話をしたいんだけど、いいかな?」
「さすがティルちゃん、幽霊でも女の子の扱いに慣れてますね」
 揶揄してくるリュナを片手で払いながら、にこりとシェリルに微笑みかける。――確かに女の子に優しくというのがティルの信条ではあるが、この場合早くセラから退いて欲しいのが本音だ。シェリルはといえば、それに気付いてか否かは判らないが仏頂面のまま、とりあえずは頷いた。
「シェリルちゃんは、どうしてセラちゃんに取り憑いたの? 成仏したそうにも見えないけど、やっぱそれは未練があって?」
「……それは、自分でもよくわからない。ううん、わからなかった。だから、好きだった故郷の海をずっとぼんやり漂っていたのだけれど。この子を見かけて、したかったことがはっきりしたの」
「したかったこと?」
 ぼそぼそと答えるシェリルの言葉の最後をティルが反芻すると、彼女は俯き加減だった顔を上げた。その表情は、一瞬セラが戻ったのかというくらい真っ直ぐな瞳と、強い意志を秘めた顔だった。だが告げる答は、それを否と決定づけるもので。

「恋」

 大真面目に一言告げられ、一瞬三人がぽかんとする。
「あたし、恋がしたいの。でももうあたしの体はない。それなのに、この子は強く想われていながら恋に興味がない。悔しいから思わず取り憑いてやったの」
「……」
 一応、これでシェリルが何故セラに取り憑いたのは明らかになった。だが、ライゼスはなんともいえない表情になり、ティルはしゃがんだままぐるりとシェリルに背を向け、地面にのの字を書き始めた。
「何やってんですかティルちゃん」
「……やっぱセラちゃんてば俺に興味ないんだ……」
「恋に興味ないだけでティルちゃんにとは言ってないですよ」
 一応補足しとくが、ティルには聞こえていないようで、そんな様子を半眼で一瞥してから、ライゼスはシェリルに視線を戻した。
「じゃあ、どうしたらあなたはセラから出て行ってくれるんですか?」
 ライゼスに見られてシェリルはのけぞったが、それでも一応は答えてくる。
「だから、したいことがあるって言ったでしょ。それができたら」
「恋ですか?」
「ええ。でも大丈夫。もう相手は見つけたから」
 そこで初めて、シェリルはにこっと笑った。少しはにかんだ笑顔で、頬はほんのり朱に染まっている。
「だ、誰なんですかー!」
 なんだかんだでこの手の話が大好きなリュナが歓声を上げて食いついていく。リュナまで頬を紅潮させてシェリルに詰め寄ると、彼女はますます照れたように頬を赤らめた。
「お姉様、可愛い……」
 その表情に、思わずリュナがうっとりする。だが、そのうっとりも吹き飛ばすような答えを、満面の笑みでシェリルは口にした。
「この人」
 にっこりと自分を指差すシェリルに、三人は一瞬凍りつき。

「えええーーーーーーーー!?」
「はあ!?」
「……ライバル」
 
 それぞれの叫びと若干一名の呟きが、晴天に吸い込まれて行くのだった。