SUMMER ROMANCE 3



 半刻後、一行はスティン王都の海水浴場にいた。
 実際の所、半刻もかかるような道のりではなかったのだが、リュナがやたらと水着選びにこだわったのが時間を食った原因だったりする。散々試着を重ねた結果リュナが選んだのは、フリルがついたオレンジ色の、ワンピースタイプの水着だった。年齢を考えたら少し幼いデザインなのだが、それがやたらと似合っていた。ちなみにセラは機能性重視ののシンプルなものを選んで、リュナとティルの不評を買った。その後ティルが、いじけたリュナにフリルだらけのピンクのビキニ(セラに却下されたもの)を押しつけられた挙句、セラとリュナの二人がかりで「絶対に似合う」と太鼓判を押されて涙目になるという事件もあったりした。そんなこんなで時間が押してライゼスの眉間の皺が増えたりしたが、まあいずれもどうでも良いことではある。
 そんなライゼスも、一直線に海へと走っていくセラとリュナの二人を見れば不機嫌そのままにその行く手を遮り、準備運動の指導を始めるのだった。
 入念な準備運動の後、痺れを切らしたように、今度こそ二人が海に飛び込んで行く。それを見送ってライゼスがため息をついていると、隣からはどうにも腑に落ちないといった様子の声が上がった。
「セラちゃんて、海初めてなんじゃなかったっけ」
「そうですよ。ランドエバーでは海水浴はできませんからね」
 綺麗なフォームで自由自在に海を泳ぐセラを見れば、ティルが何を言いたいかはライゼスにも解る。だが敢えて表情は動かさず、ライゼスはその疑問をあっさりと片付けた。
「多分、見よう見まねで泳いでるだけだと思います。運動神経だけは申し分ないですからね、セラは」
 できれば、その半分くらいは思考する能力になって欲しいと思うのだが。
 そんなことを思っている間に、ティルは疑問の矛先を変えたようだった。
「ボーヤは泳がないの?」
「聞いていませんでしたか? ランドエバーで海水浴はできないんです。人のことより自分はどうなんですか」
「いやいや、俺ってばお姫様だったから」
 要するに泳げないってことかと、互いに胸の中で突っ込みを入れる。海水浴のできないランドエバー育ちのお姫様であるセラが悠々と泳いでいるのが、互いに痛いところではあった。
 ちなみにリュナは、おとなしく浮き輪を使ってふよふよとセラの周りを漂っている。
「……あれ使えばいいんじゃないか」
「どうぞご自由に。あなたが使ってても誰も笑いませんよ、お姫様」
「お前、昨日から俺に八つ当たりしすぎじゃねーか?」
「日頃僕のストレス元なんですから八つ当たりくらいいいじゃないですか」
「やっぱ八つ当たりなんじゃねーか! 喧嘩売ってんなら買うぜ?」
 海パンにTシャツといういでたちのどこに隠していたのか全くの不明だが、ティルが怒声と共に刀を抜く。
「望むところですよ」
 応じてライゼスが手をかざし、収束する光が彼の纏っているパーカーを巻き上げた。


「岸が騒がしいですねえ」
 浮き輪の上に仰向けになったリュナがのんびりと言うと、夢中で泳いでいたセラがその浮き輪を掴んで立ち止った。
「懲りないな、あいつらも」
 光の塊が砂を吹き飛ばすのがここからでも良く見える。それを目にして、セラはため息と共に吐きだした。
「で、お姉様。どっちにするか決めたんですか?」
 だが突然、きらきらと目を輝かせたリュナに顔を覗き込まれ、セラはきょとんとした。
「どっちって?」
「だから、ライゼスさんとティルちゃん。どっちにするんですか?」
 リュナの率直な問いかけに、セラはまともに波をくらって海水を飲んでしまった。ごほごほと咽せながら、真っ赤になった顔をリュナに向ける。
「な、なんの話だ!」
「何って、お姉様の恋のお話ですよ。……大丈夫ですか?」
 まだ咳き込んでいるセラに、不安げにリュナが安否を問う。だがセラにしてみれば、水を飲んだことよりもリュナの質問の方がよほど不意打ちだった。
「ど、どっちって、別に私は……!」
 咽せながらもセラが答える。だが言葉は要領を得ないまま途切れてしまう。何を言おうとしていたのか解らないまま、視界も意識ももやがかかったように曖昧になっていく。

 ――別に、何?

 不意に、頭の中で声が響く。誰からの問いかけなのかも解らないままに、だがセラは不明瞭な言葉を続けた。

「別に……、どちらかを選ぶつもりなんて。恋とかそういうの、私には……」

 ――じゃあどちらも選ばないってこと?

「そうじゃなくて――」
 呟きながら、はっとする。我に返ると曖昧な視界も意識も元に戻るが、周囲を見回しても不思議そうにこちらを見るリュナ以外には泳ぎに興じる者しかいない。
「……私、今誰と……」
 頭に響いた声は、決して自問ではなく、知らぬ女のものだった。問いかけたリュナが怪訝な顔をし、リュナには聞こえていなかったことを知る。それをはっきりと認識し直すと、背中をひやりとしたものが通り抜けた。

 ――それだけ想われていて、あなたはそれを必要としないというのね。……生きて、いるのに

 また唐突に、声が響く。それは、羨望のこもった呪詛だった。誰と問う間もなく、両足が何かに絡めとられる。
「お姉様!!」
 リュナの悲鳴を遠くに聞きながら、そのままセラは海中へと引きずり込まれた。