SUMMER ROMANCE 2



 スティン王国はランドエバーの隣に位置する王国で、聖戦後は国交だけでなく行き来も盛んだ。乗合馬車も日に何本も出ており、ランドエバー城下からスティンの王都までは1日とかからない。いつも外出の度に厄介事に巻き込まれるため、気が気でないライゼスの不安を良い意味で裏切って、セラ達一行は難なくスティンへと辿り着いたのだった。
「お姉さまーーーーーーーーッ!!」
 スティンの城内へ入るやいなや、大声を上げながら砂煙でも上げそうな勢いでリュナが走り寄ってくる。
「久しぶりだな、リュナ。いやに出迎えが早いじゃないか」
「だってだって、お姉様が迎えに来てくださるというので、リュナ毎日部屋から城門をチェックしていました!」
 ツインテールを跳ねさせながら、リュナが両頬を押さえてきゃーきゃー喚く。
「何せご飯のときもずーっと見てたもんだから、ぼろぼろ零して怒られることもしばしば」
「いや、なにもそこまで」
「とにかく会えて嬉しいですーーーッ」
 リュナの勢いに若干押され気味のセラだったが、構わずリュナがぎゅうっと抱きつく。いいな、とティルが羨望の声を漏らし、そこで初めてリュナはライゼスとティルの方を向いた。
「あっ、ライゼスさんにティルちゃん。いたんですね!」
「ひど」
 笑顔でさらっとそんなことを言ったリュナに思わずティルが突っ込むが、見えていないであろうことはライゼスにしてもティルにしても、最初から気付いていたことではあった。
「お二人ともついでにゆっくりしていって下さい!」
「超オマケ発言」
 さらにティルが僻んだ声を上げたが、当然リュナには届いていない。拗ねるティルは放っておいて、ライゼスは再会を喜ぶ二人に声を挟んだ。
「リュナ、気持ちは有難いですがランドエバーへ来るのでしょう? あまりゆっくりは」
「わかってますよぉ。ライゼスさんは相変わらず心配性ですねぇ」
 ようやくセラから離れ、リュナがちゃんとこちらを向く。城にいるからだろう、旅をしていたときのような軽装ではなく、リュナは簡単なドレスを身に纏っていた。右目の眼帯はなく、碧と蒼のオッドアイがこちらを向く。
「この国は平和ですし、そうそう何もないですよ。街を案内するくらい良いでしょう? お姉様も、スティンの王都を見たくないですか?」
「見たい」
 即答するセラに、ライゼスはため息を吐くのを堪えた。代わりに隣で苦笑したティルを八つ当たり気味に睨む。気付いてティルは肩を竦めた。
「ま、とりあえずスティンの国王様に挨拶してこようよ」
「そうそう、大叔父様が待ってますよ! その間にリュナ、着替えてきますから!」
 言うなりリュナは来た道を駆け戻っていく。
「変わらないねぇ」
 その背を見送りながら呟くティルに、セラがそうだなと言って笑った。


 セラ達がスティンの国王に挨拶を済ませた頃には、リュナは旅支度を全て済ませていた。と言っても大した荷物などなく、以前のような旅向きの軽装に着替えただけではあるが。
 そして右目には、いつもの眼帯をつけている。
「そういえば、リュナは左右で目の色が違うんだな。初めて見た」
 さっきはリュナのペースに巻き込まれてほとんど何も言えなかったセラが、リュナの眼帯を見て思い出したようにそんなことを言う。
「ええそうですよ。右目はパパの色なんです。だいぶ自分で制御できるようになったけれど、やっぱり人の多い場所に行くのは眼帯(これ)がないと不安で」
 眼帯に触れ、リュナが微笑む。その笑顔はいつもより少し元気が足りなくてセラは眉をひそめたが、一瞬後にはもうリュナはいつものテンションを取り戻していた。
「それよりお姉様、何が見たいですか?」
 飛びつかんばかりのリュナの勢いに押されつつも、セラは迷うように周囲を見渡した。城の外に出られるのは久しぶりだし、以前旅をしたときも周囲を見物するような余裕などなかったから、何を見ても楽しいというのが正直なところだ。通りの向こうに見える市場も、売っているものがランドエバー城下とは全く異なるのが遠目にもわかるし、歩いているだけで楽しめそうである。だが――
 それよりもセラの目を引いたものがあった。
「――海」
 王都には港があり、ここからでも視線を延ばせば海が見える。ランドエバー城から海は見えないので、セラには海が珍しかった。一度スティンから船に乗ったときに見た海の広さは忘れられない。
「海ですか! いいですねぇ。今の季節は海水浴をする人で賑やかですよぉ」
「かいすいよく?」
 耳慣れない単語を反芻すると、リュナは満面の笑みで頷きを返してきた。
「はい。海に入って泳ぐんですよ〜。気持ちいいですよぉ〜!」
 その辺りで、蚊帳の外にされてただ成り行きを見守るしかなかったライゼスが、顔色を変えて頭を押さえる。ライゼスばかりでない、ティルにだって、セラの次の言葉くらいは予想できた。
「楽しそうだな。やってみたい」
「そうですか!? じゃあ行きましょうよ! 港の近くでは泳げませんが、浴場まではすぐですよ! あっ水着買わなきゃ!」
 リュナが一人盛り上がり、セラの手を握りながらぴょんぴょんと跳ねる。そのテンションについていけてはいないものの、セラもまんざらではなさそうで、リュナにされるがままぶんぶんと手を振っている。
「あの……」
「まあいいんじゃないの、1日くらい遊んでも。また城に帰ったらそうそう外出なんてできないんだし」
 渋面で口を挟みかけたライゼスをティルが止める。だがその気楽な言い様に、ライゼスは不機嫌をそのままにしてティルを振り返り、半眼で言い放った。
「あなたは単に、セラの水着が見たいだけでしょう」
「わぁお、ボーヤもだいぶ俺の思考回路が読めるようになってきたねえ」
 茶化すティルの頭を、不機嫌任せに殴りつけるライゼスだった。