【まさか!の事件簿×IN BLOOM2で夏祭り! 上】



 ドンッ、と腹に響く音が次々とこだまする。その直後、とりどりの光が夜空を彩る。
 それを、莉子はとっておきの場所で一人で堪能していた。
 濃紺に真っ赤な花が鮮やかな浴衣に、同じ赤の林檎飴をかじりながら、次々と上がる花火を見つめる。
「たーまやー」
 かじった林檎飴をのどに流して一人呟く。一見寂しい子ではあるが、莉子は満足していた。さすがに、一人で浴衣を着て出てきたわけではない。そこまで友達に困っているわけではない。
 もちろん女友達に誘われ、皆で浴衣を着てここまで来た。だが人ごみに辟易してしまって、別行動を申し出たのである。このような莉子の行動については、親しくしている者は皆慣れている。それを不愉快に思うような人種とは、莉子は元々深く付き合わないようにしていた。気になることがあると鉄砲玉で、しばしば周囲を置いてけぼりにしてしまう。自分のそんな習性を自覚しているから、友達も選ぶ。それで場の空気を悪くするのも申し訳ないからだ。
 しかし今回はただ単に、本当に人ごみに疲れただけだった。友達とここに来ても良かったが、まだ彼女たちは夜店に夢中だ。飽きもせず、いちいち長蛇の列に並ぶ。莉子は一件並んだだけで疲れてしまった。
 そんなわけで、唯一の戦利品をかじりながら莉子は花火を見ているのだった。
 だが、それによって見てはいけないものを見てしまうとは、さしもの莉子も予想していなかったのである。
「――ん?」
 花火の音に混じって聞こえたエンジン音に、座ったまま莉子は体を反らした。さかさまの視界に、白っぽいバンが花火の光に照らされる。それは、一発の花火の、あまりに短い命が潰えるまでの出来事だったけれど。
 咥えていた林檎飴がぼとりと落ちた。
 ドンドン、と立て続けに花火が上がる。そろそろフィナーレなのだろう。その音に隠れるようにして走り去る車を、莉子は立ち上がって凝視した。見間違いでなければ、今の車に女の子が乗っていた。いや、『乗せられて』いた。
 乗っていたにしてはやけに体が水平だった。体を反らして見たからとか、そんなレベルではない不自然さだ。荷物か何かのように乗せられていたのだ。
 花火大会は河原で行われていて、少し離れたところが駐車場になっている。車はそこからは離れて、堤防に停車していたようだ。まさに今フィナーレというこの瞬間に帰るのもおかしい。――が。
 まさかね、と呟いて、そしてふふっと莉子は笑った。知り合いの顔が頭をよぎったのだ。
 そして、また座る。飴を落としてしまったが、草の上だし、反対側はまだ食べられるだろう。
 推理小説や漫画じゃあるまいし、誘拐などそうそう目の前で起こるものでもない。きっと、この人ごみで貧血でも起こしたに違いない。そう考えたら実にそう思えてきたが、何故か胸が騒いで、綺麗な花火がちっとも目に映らなくなっていた。
 ちろちろと飴をなめながら、車が去った方を気にしていると、しばらくして少年が走ってきた。フィナーレはまだ続いていて、何発も同時に大きな花火が夜空に瞬いている。けれど少年は全く花火を見ておらず、きょろきょろと辺りを窺っている。
 莉子は立ち上がると、堤防を上った。
「誰か探してるの?」
 声を掛けると少年が振り返った。その瞬間、花火が上がり、驚いたような少年の顔を照らし出す。
 それを見て、莉子は「あれ」と小さく声を上げた。花火は今のが最後だったようだ。真っ暗な空が煙で曇っている。
 学ランを着ていたから少年だとばかり思っていたが、顔立ちは少女のそれだった。なぜ学ランなど着て祭に着ているのか、さっき見た車よりもよほど不自然だったが、彼女(?)が切羽詰まった声を返してきて莉子は我に返った。
「うん、はぐれてしまって。浴衣の女の子を見なかった?」
「そんなのうじゃうじゃ居すぎて。ここにもいるし」
 莉子は困ったように自分を差した。
「むしろ浴衣じゃない女の子って言ってくれた方が分かりやすいんだけど。学ラン着た女の子とかね」
 そう返すと、相手は一瞬何のことだと言わんばかりにポカンと口をあけたが、すぐにむっとしたように口を引き結ぶ。
「俺のことを言ってるなら、悪いけど男だよ」
「え!? うそ!?」
 思わず莉子はまた林檎飴を落としてしまった。今度は道の上で、拾ったが砂だらけになっていた。反対側なら食べられるかもしれないが、そちらはさっき草の上に落とした面かもしれない。
「あーあ」
「ご、ごめん……って、俺のせいじゃないよな?」
「別に君のせいだなんて言ってないよ。それよりいいの? 誰か探してたんでしょう?」
「うん……、でも、はぐれたから先に帰ったのかもしれない。しっかりした子だし」
「そう。ならいいんだけど……」
 じゃあ、と少年が踵を返す瞬間に、さっき見た車が頭の中にフラッシュバックした。荷物のように二人がかりで持たれて車に乗せられていた少女。彼らの手から長い黒髪が零れていた。
 とっさに莉子は少年の腕を掴んだ。
「待って。もしかしてその子、髪長い?」
「え? うん。結ってたけど。長い黒髪」
 たいして珍しい特徴でもないが、胸騒ぎが収まらない。こういうときの直感に、莉子は自信があった。
 林檎飴の棒を握り締めて深呼吸する。
「君、名前は?」
「え? ひ、姫野。姫野咲良だけど」
「う、羨ましいくらい可愛い名前ね。ホントに男の子?」
「別にもうどっちでもいいけどさ。見たの? 長い黒髪の子」
「うん。私、龍造寺莉子。あの、落ち着いて聞いてね? まだそうと決まったわけじゃないから」
 いかつい苗字に少年――咲良が、羨ましいくらい、と言った意味を解した頃、莉子はさっき見たことを告げるべく息を吸った。